日本で発行される英文科学雑誌の意義

日本で発行される英文科学雑誌の意義_d0028322_20472441.jpgインドで体調を崩してから、すべての締切りが後手後手になって、ブログ更新どころではなくなっていた。
そんな間に、元学生さんの論文が1つEMBO Journalという雑誌に受理され、さらに「ハイライト記事」(Have you seen?というコーナー)に選ばれたということを、そのコメンタリーを書いてくれる方からの「おめでとう」メールで知ったのはとても嬉しかった。
苦節7年、雑誌をいろいろ変えて投稿している間に震災があったり、果てはリバイスの間にEMBO Jの担当編集者が変わったり、まったくドラマティックなプロセスだったが、ともあれ、終わり良ければ全て良し。
筆頭著者ほか関わったすべての人たちの思いが実ったのは何より。

さて、東京出張の間に『科学嫌いが日本を滅ぼす』(竹内薫著、新潮選書)を読んで、日本における科学技術振興と英語問題について考えた。





竹内薫氏は同世代の(というか、同い年だと初めて知った)のサイエンスライターで、週刊誌のコラムなどもときどき読んでいたが、まるまる一冊を読んだのは本書が初めて……と思いきや、『知の創造―ネイチャーで見る科学の世界』(徳間書店)というNature誌のNews & Viewsという今週のハイライト紹介記事の日本語訳を集めた本が竹内氏の手によるものだと、本書を読んで知った。
本書は二大科学誌の「Nature」と「Science」を比較するところから科学史や科学を取り巻く種々の事柄を取り上げるというスタイルをとっているのだが、私達のような生命科学系の人間には今や「Cell」という雑誌も合わせて論じないと意味が無い。
このあたりは、竹内氏の専門が物理学なので致し方ないのだろう。
でも、Natureが商業誌でScienceは全米科学振興協会(AAAS)というNPOが発行している、というスタンスの違いは、確かになるほどと思うことがあった。

科学業界におけるスキャンダル(DNA二重らせんモデルの話、ファン・ウソク氏のヒトクローンES細胞捏造論文事件、横田めぐみさんDNA鑑定問題など)も扱っているが、私の感覚に一番近い話は科学業界における日本語の扱いについてだった。

戦勝国である英国・米国の言語が科学業界において圧倒的に強くなったのが第二次世界大戦後。
知識人たる科学者が第三、第四言語まで勉強するほどの余裕は無くなったので、今は非英語圏の人々も皆、英語を公用語として生きている。
そうではあるが、日本人がどの程度、英語を流暢に扱う必要があるのかについて、竹内氏は「仕事は日本語ベースで行なって、発表するのは<日本の>国際誌に英語で行うのがもっとも効率的なのではないか、という提案を行なっている。
ノーベル賞に輝いた益川敏英先生は英語が不得意だったが、小林誠先生とともに日本の「Progress of Theoretical Physics」という雑誌に「CP対称性の破れ」を発表したケースが成功例だ。
「日本の国際誌」というところにこだわっているのは、英語圏の雑誌だと、「英語がちょっと変」というだけで「レベルが低い」と思われてしまいかねないが、日本の科学コミュニティーが発行している雑誌であれば敷居が低く、また曲がりなりにも英語の論文であれば、世界の人々がその情報を知りうるからである。
惜しいことにノーベル賞を逃した例として、大沢英二博士がフラーレンの存在を理論的に予測した論文が、(日本語の)「化学」という雑誌だったことが挙げられている。

実は日本で発行されていて、NatureやScienceのように広い科学分野をカヴァーしている国際誌(=英語の雑誌)がある。
それは、日本学士院が発行している雑誌である。
Proceedings of the Japan Academy, Ser. B, Physical and Biological Sciencesは化学、物理学、宇宙・地球科学、生物学、工学、農学、医学、薬学など、数学を除く自然科学全分野(Ser.Aで出版する数学を除く)を対象とする英文学術誌です。本誌は、1912年に創刊された“Proceedings of the Imperial Academy”を前身としており、発刊以来、日本の研究成果を世界に発信しています。

本誌は、日本学士院会員や日本学士院賞受賞者などの日本を代表する研究成果を報告する総説論文(Review)と、最新の研究成果を速報する原著論文(Original Article〔Short Communicationsを含む〕)を掲載し、年10回刊行しています。

ちなみにProceedings of the Japan Academy, Ser. Aが数学専門の雑誌である。
(なぜ、このように2つに分かれているのか、その経緯については調査不足ですみません)
したがって、新たに何かの雑誌を創刊しなくても、このProceedingsを(可能であればSer. AとBも統合して)日本が誇る全科学分野カヴァーの総合学術国際誌として活用することは可能なのではと考える。
現在は「日本学士院会員や日本学士院賞受賞者など」を中心としているが、これを米国のProceedings of National Academy of Scienceのように誰でも投稿できるように変えていけば良いだろう。
もちろん、日本学士院設立の目的は「学術上功績顕著な科学者を優遇するための機関として、学術の発達に寄与するため必要な事業を行う」ということなので、やや齟齬はあろうかと思うが、日本のサイエンス振興のために一考の価値があるのではないだろうか?

なお、余談であるが、先日の「科学技術フェスタin 京都」のイベントで益川先生とご一緒したが、益川先生は英語で喋るのは苦手だけど、英語の論文を読みこなすのにはとくに苦労は無かったらしいので、一応、まったく英語が駄目な訳ではないことは付記しておく。

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by osumi1128 | 2012-02-04 21:41 | 科学技術政策

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