「遺伝子研究」ってなに?
2012年 02月 21日

今、手元にあるのはNHK出版から刊行された『バイオパンクーDIY科学者たちのDNAハック!』(マーカス・ウォールセン著、矢野真千子訳)という本。
オビの言葉はスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツだ。
コンピュータオタクのことを英語ではギーク(geek)と呼ぶが、ここで紹介されているのは生命科学分野のギークたち。
中古の実験器具を恐ろしく安く手にいれて(手に入るのだ!)自宅で安価な遺伝子診断キットの開発に取り組むケイ。
オークションで購入した輸送用コンテナで移動ラボを立ち上げたマッケンジー。
スーパーマーケットで買えるヨーグルトの乳酸菌に緑色蛍光タンパクの遺伝子を導入し、食品中のメラミン含有の有無を調べる技術を開発したメレディス。
……そんなオタクがいるなんて知らなかった。
彼らは「科学知識」を持っているというよりは、それだけでなく、「科学リテラシー」、すなわち、科学の「読み書きスキル」を駆使して、科学を自分の物として取り込み使いこなしている。
いとも簡単に遺伝子を操って「メラミン検出乳酸菌」を創りだす。
いや、それは実際に、生命科学分野の学部生にだって、サマースクールの高校生にだってできるくらい簡単な技術を元にしている「遺伝子研究」であることは、この業界の研究者なら誰だってわかる。
問題はそれを大学や研究所でしか行えないと思うか、ガレージでできると考えるかだ。
何でもアメリカに習ってきた日本で、でもこういう潮流は生まれるのだろうか?
私の印象では、今のところ、それには否定的だ。
一般的には日本人には「遺伝子研究なんて怖い」という意識を持った人が多い。
「科学技術立国」を謳いながらも、技術といえば工学系が中心。
ようやく高校の生物学の教科書にDNAについての記載が入るというが、教員免許取得要件の変更後、理系の教員が減ったこともあって、ここ20年くらいの間に理科離れが進行している。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というか、よくわからないモノに対しては不安が先行する。
「遺伝子=体の設計図」という暗喩は、ある面は正しいが、遺伝子の機能はもっと柔軟だ。
拙訳の『心を生み出す遺伝子』(ゲアリー・マーカス著、岩波現代文庫)では、「遺伝子=レシピ」という喩えを提唱している。
「遺伝子の働き方は環境によって大きく左右されるのです」という話をすると、「え? そうなんですか? 遺伝子は体を作るときに働くのだと思っていました」という反応が返ってくることが多い。
「遺伝子は大人の皆さんの体の細胞の中でも、日々刻々、活躍しています。生活習慣によって遺伝子のスイッチの入り方は変わります」と説明を加える。
遺伝子は、もちろん病気の発症にも関わるのは確かだ。
でも、誰でもほんの少しずつ、何らかのリスクを内在している。
それを知っておくことは将来、役に立つはずだ。
もちろん、自分の遺伝子情報は究極の個人情報であり、そのことによって差別が生まれたりすることがあってはならない。
「遺伝子なんて怖くない」というキャンペーンをどんな風に展開したら良いのか模索中の今日この頃。
この本は興味あるポイントがいくつもあるので、また追ってご紹介したい。