データシェアリングで在野の生命科学研究者は現れるか?
2012年 02月 28日
1年生から5年生まで全部で10数名の課外活動クラブみたいなもので、月一回集まって英語の論文紹介をする。
かの有名な1953年のNature誌に掲載された、たった1ページのDNA二重らせんモデルの論文を読んだり、ES細胞作製の最初の論文を紹介したりもするが、どちらかといえば最新の、しかもCNS(Cell, Nature, Science)誌からのものが多い。
今日の論文もNature誌で、情報科学的アプローチによる生命科学研究なのだが、なにせ共著者20名以上、うち筆頭著者(Equally contributed authors)が6名、Supplementary Informationが膨大、という点においても、極めて現代的なものだった。
Article
Nature 478, 483–489 (27 October 2011) | doi:10.1038/nature10523
Spatio-temporal transcriptome of the human brain
脳 : ヒトの脳の時空間的トランスクリプトーム
Hyo Jung Kang , Yuka Imamura Kawasawa , Feng Cheng , Ying Zhu , Xuming Xu , Mingfeng Li , Andr|[eacute]| M. M. Sousa , Mihovil Pletikos , Kyle A. Meyer , Goran Sedmak , Tobias Guennel , Yurae Shin , Matthew B. Johnson , |[Zcaron]|eljka Krsnik , Simone Mayer , Sofia Fertuzinhos , Sheila Umlauf , Steven N. Lisgo , Alexander Vortmeyer , Daniel R. Weinberger , Shrikant Mane , Thomas M. Hyde , Anita Huttner , Mark Reimers , Joel E. Kleinman & Nenad |[Scaron]|estan
胎児期から80歳くらいに渡るまで、50検体以上のヒトの死後脳サンプルからmRNAを抽出し、どのような遺伝子発現があるかを網羅的に調べたこの論文の「生データ」は、NCBIなどのデータベースに登録され、オンラインで公開されている。
こういう公開情報が多数あれば、それは万人にシェアされている訳で、あるデータベース情報から他の研究者が新たに仮説を立てて、ウェットな実験を行なって検証することができる。
データをシェアすれば、研究費を削減することにも繋がる。
さらに言えば、実験室での「ウェットな実験」を行わなくても、コンピュータ上で「ドライな解析」を行うことによって、他のデータと突き合わせたりして新たな研究ができる。
いわゆる「メタ解析」と呼ばれる解析方法だ。
生命科学研究がどんどん高度になっていくにつれて、高額な機器が揃っていないと良い研究ができないという雰囲気ができつつあり、それは一般市民とプロの研究者の距離を広げることにもなっているのだが、データシェアリングは在野の研究者の参入を可能にすると思う。
例えば、昆虫の分類学だったり、あるいは天文学だったり、そういう分野では大学や研究機関に所属していない人でも「アマチュア昆虫学者」や「在野の天文学者」として活躍されている。
そんなシームレスな感じが素敵だな、と思っているのだけど、情報系生命科学分野なら今後そういう人物が出てきてもおかしくない。
『バイオパンク』の本に戻ると、Do It Yourself型の科学者たちは、ガレージやキッチンで実験するのに「データの公開」を強く求めているという。
新型インフルエンザが流行り始めたら、すぐさまその遺伝情報を公開してほしい、そうすれば、自分たちで素早くワクチンを作ることが可能なのに……と考えているのだ。
逆に、独自に開発した遺伝子増幅装置(PCRマシン)を圧倒的な安価で販売して、開発途上国でも広く使えるようにするとともに、さらにその設計デザインを「どうぞ、各自で作ってもらって結構です」と公開している。
ただし、この本の中でも、例えばウィルスの遺伝子情報の公開に関してのリスクについて触れられている。
もし害のあるウィルスをさらに遺伝子改変して強力にしたものが生物兵器として開発されたらどうするのだ、と。
これは、他の科学についてだって同じこと。
核物理学の進歩から原発も原爆も開発されたのだ。
科学の知識やリテラシーをどのように使うかは、個々人の倫理観に基づく。
【関連リンク】
拙ブログ:データシェアリングから見る未来
拙ブログ:ライフサイエンスの行方:Sharing and networking