痛ましい事故2つから

GWさなか、振替休日だった月曜日の新聞の一面トップは、7名が死亡、39名が負傷したツアーバスの事故だった。
金沢から東京ディズニーリゾートへの往路、関越道でのこと、ちょうど29日の明け方5時前、一人で乗車していた運転手は居眠りをしていたという。
ほんの2週間ほど前に、京都の繁華街で乗用車が暴走して歩行者が死傷した事件の後に、運転者にてんかんの持病があったことが職場で話題となり、「日本ではこういう事件が起きると、とかく<てんかんの既往のある人には、車の免許は与えない>というような流れになったりするけど、実際には大きな自動車事故を防ぐためには、長距離運転や超過勤務の取締りを厳しくすべきだよね……」という会話をした矢先のことであった。




東北大学には、日本で唯一の「てんかん科」があって、その主任教授である中里信和先生は事故直後に、てんかん患者への偏見が強まることを恐れて、ツイッター上に連続投稿をされていた。
暴走運転をした人が死亡しているので、原因の究明は難しいと思われるが、抗てんかん薬の服用で、7割以上の患者さんは発作をコントロールできるということもあり、単なる発作で300メートルも猛スピードで走行したとは考えにくい、というのが中里先生の見解。

ちなみに、抗てんかん薬の中でもよく使われるバルプロ酸は、抗痙攣と抗不安作用があるために、てんかん以外に双極性障害(躁うつ病)、偏頭痛、統合失調症(精神分裂病)にも使用される。
バルプロ酸の神経伝達に対する作用は、抑制性の神経伝達物質を増加させることによるが、この他にもヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としての作用があり、遺伝情報を後から“上書き”して、遺伝子の働き方に影響を与えることも知られている(エピジェネティックな変化)。
ごく最近の基礎研究では、脊髄損傷の治療において、幹細胞移植とバルプロ酸投与を組み合わせることにより効果が増強された、という例もある。

一方、バルプロ酸はマタニティブルーの治療薬としても使われたことにより、胎児の発生時期によって先天奇形を持った子どもが生まれたり、自閉症発症との関連も示唆されている。
薬物の作用というのは、なかなか簡単なものではない。
昨年の福島原発事故以降、放射能の問題を気にする方が増えたが、薬物や栄養、運動、睡眠など、さまざまな環境要因の影響も考慮すべきだと思われる。

【関連リンク】
毎日新聞オンライン:京都祇園暴走:てんかん発作での重大事故 過去にも相次ぐ
東北大学大学院医学系研究科てんかん学分野
ツイッターまとめ:てんかんと京都の事故に関して 東北大学病院・中里信和教授
NHKきょうの健康【てんかん発作症状診断治療中里信和】詳細情報
ブログ「再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-」より:幹細胞移植と抗てんかん薬で脊髄損傷マウスが歩行可能に 奈良先端科技大(報道記事記事まとめ)
by osumi1128 | 2012-05-02 21:32 | 科学 コミュニケーション

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