『精神医療過疎の町から』を読んで考える医学部新設問題【加筆】

『精神医療過疎の町から』を読んで考える医学部新設問題【加筆】_d0028322_2215693.jpg大学の同級生が皆、歯学部か医学部なのは、今になって思うと多様性に欠けて残念なのだが、もはやいかんともしがたい。
医学部にはいわゆる「学卒」の同級生もいて、18歳で入学したときにはエラく年上に思ったが、だんだん年齢差の絶対値が暦年齢に比して相対的に小さくなってきた。
そんな昔の同級生、阿部恵一朗さんが昨年、みすず書房から上梓した著書がけっこうな評判となって、読売新聞の「本よみうり堂」やら毎日新聞の「人」やらに取り上げられたらしい(パチパチ)。
タイトルが『精神医療過疎の町から 最北のクリニックでみた人・町・医療 』という。
うーん、やはりタイトルは大事だ……。






本書の中に開業までのエピソードが書いてあるが、旭川よりさらに北の名寄市に精神科クリニックを開いたのは、親戚がいた訳でもなく、「ついに地域の精神保健医療が崩壊か?」という話を聞いて、だったら開業しよう、ということになった次第。
先日、石巻のご親戚の一周忌を兼ねて仙台に寄ってくれたのだが、独特の「ほわん」とした話し方は精神科医に向いているのだろう。
隔週に2日という診療体系でも患者さんはこの4年の間に増え続けているという。

最初は、その地域での自殺者がとても多いので、少しでもそれが減れば、と思ったそうだ。
東京での開業なら、「うつの専門」「発達障害が専門」などと特化もできるが、人口2万6千人程度の名寄市となると、自閉症から認知症まですべてをカバーする必要がある。

本書に書かれたエピソードで印象的だったことは、開業当初、地域の人々は「どうせ東京から稼ぎに来て、すぐに音を上げて帰るだろう」と思われていたというエピソード。
過疎地の医療の難しさは、ここ仙台にいたのではまだ肌感覚とはいえない。

医療過疎に関して、よく引き合いに出される統計は下に引用した「都道府県別対人口10万人医師数」なのだが、傾向として「西高東低」に見える(本図は厚労省発表のデータ)。
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ちょっと古いが、他の方のブログで見つけた「都道府県別医学部数と医師数の相関図」も載せておこう。
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このブログは茨城県会議員の方のものなので、「人口の割に茨木県に医学部が少ない!」ことが主張のポイントである。

そもそも「都道府県」の配置自体が明治維新の名残であり、薩長に厚く、反政府側に薄い。
東北地方の過疎の問題は、例えば島根県(←ちなみに、空港が3つある県)とは異なる広域性を含む。

宮城県も「1県1医学部」の県である。
以前からも「医学部新設を!」という声はあったが、震災後に仙台厚生病院と東北福祉大学が中心となってその誘致キャンペーンが展開されている。

しかしながら、実は数年前からの「医師不足対策」として、全国の国公立医学部では定員増が措置されており(教員数は減らされているのに……溜息)、いわゆる被災3県では44%の定員増、これは普通の医学部1つ分に相当する。
試験の採点をすると、100名分終わって、まだ残り25人もある、っていう感覚は確かに辛いといえば辛いが(苦笑)、問題は「本当に医学部を新しく作って大丈夫?」ということだ。
医学部新設は「ハコを作ってお仕舞い」ではない。
人を育てる場として長い年数にわたって機能しなければならない。

新設医学部のメリットとしては以下のようなこともある。
・100名クラスの医師養成校のための教育スタッフが「純増」するのであれば、これは若手のポスト増にもなる(我が母校の歯学部のちょっと年上の先生方は歯学部新設ブームの折にその恩恵に被った)
・学生も教員も増えるので、(いわゆる建設需要はもちろんであるが)経済効果が(それなりに)持続する
・もし宮城県に新たな医学部が新設された場合には、東北大学医学部との間でその機能の住み分けが可能になる(例えば、新設医学部は地域医療を専門とし、東北大学医学部は先端医療や基礎医学研究に特化するなど)

だが、もっとも考えるべきなのは、「で、宮城県の新設医学部で育てた医者が、本当に過疎地の医療に言ってくれるの?」という問題である。
日本の医師免許は国家試験なので、取れば国内どこでも通用するし、国家試験に通った後は、「マッチング」により研修先を選ぶことができる、という制度に変わった。
なので、「6年間仙台(←例えば)で過ごし、じゃぁ、実家の神戸(←地域名に他意はありません)に戻って2,3年研修して、皮膚科(←診療科名に他意はありません)を開業しまーす♬」ということになってしまったら、医学部新設のために仙台に税金をつぎ込むメリットが本当にあるのかどうか、ということになる。

そもそも「過疎の村でも良い保険診療を受けられる」という国のビジネスモデルが今後も成り立つのかどうか、という問題もあるが、地域で働くことに魅力が感じられなければ、どんなに医学部を新設しても、定員増を継続しても、医療過疎の問題は解決しないだろう。
医学部の入試をどのように行なって、どういう人材を受け入れるか、どういう教育をしてその人達を育てるのか、という「ソフト面」にも気を配る必要がある。

【関連リンク】
河北新報:医学部新設、熱意が必要/元文部科学副大臣鈴木寛参院議員に聞く
by osumi1128 | 2012-05-08 22:59 | 書評

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