ベラスケスとピカソ

どちらも天才画家であり、それぞれの作品をいろいろなところで鑑賞したことはあったが、今回、マドリッドのプラド美術館と(パリではなく)バルセロナのピカソ美術館を続けて訪問する機会に恵まれ、あの有名な「ラス・メニーナス(女官たち)」を見ることができた。




スペインの宮廷画家であったディエゴ・ベラスケスは、フェリペ4世やその家族の肖像画を多数描いたが、中でもマルガリータ王女に関しては、ウィーンに嫁ぐ前から、何枚もの作品が残っている。
1656年に描かれた「ラス・メニーナス」の中の王女は、ポーズを取りつつも、ちょっと不満そうな顔を向かってやや右の方、つまり、王女を描く画家とは反対の方向に向けている。
今だったらデジタルカメラでパシャパシャと撮影して、すぐに画像を見ることができるが、そういう便利なものが無かった時代には、モデルはずっと立っていなければならず、小さな子どもにはきっと苦痛であったことだろう。
ベラスケスが面白いのは、マルガリータ王女の可愛らしさを美化して残すのではなく、ヴィヴィッドな感情やリアルな人となりまでも描こうとしていることにあると思う。

この絵の中には、王女に傅いて機嫌を取ろうとしている女官たちだけでなく、鏡に映りこんだ国王夫妻、宮廷に仕えていた小人や犬も描かれていて、それぞれの瞬間が閉じ込められている様子は、とても複雑で謎めいている。
そのためもあってか、「ラス・メニーナス」に刺激を受けた後世の画家は多数いるが、同じスペインに生まれたパブロ・ピカソもその一人だ。

彼が、キュビズムの手法で「ラス・メニーナス」を描いたことも文献的には知っていたのだが、初めてその大作を目の当たりにして言葉を失った。
しかも、ピカソは文字通り「おびただしい数」のマルガリータ王女やその他の登場人物の絵も描いていたことに、さらに衝撃を受けた(Wikipediaによれば58枚もの連作という)。
こちらのサイトに掲載されているものをご参照あれ)
衝撃という意味では、10年以上前に巨大な「ゲルニカ」を見たときよりも、ある意味、もっと苦しいようなショックだった。

ピカソ美術館の「ラス・メニーナスの部屋」を歩きながら考えた。
ピカソはなぜ、こんなに多数の王女を、何度もなんども描いたのだろう。
早熟な天才がそれなりの成功を収めた後にバルセロナの地を訪れ、200年以上前の天才の作品を目の当たりにして大いに刺激を受けたことは容易に想像できる。
幾多のバリエーションは、どうやったら過去の天才を超えられるか苦悩したのだろうか?
だとしたら、ピカソの「ラス・メニーナス」の右下部分、ちょうど小人のいるあたりのところがやたら白いままなのは、西洋絵画の伝統に則っていえば、未完成のまま、すなわち、本作に負けたことになってはいないだろうか?

私はサイエンスもアートと通じるところが多々あると思っているので、こういうときにも、ついついアナロジーを探してしまう。
サイエンティストにとっての作品は「論文」というカタチを取ることが多いが、一つの結論に至るまでには、多数の実験を行なって試行錯誤を繰り返す。
違うのは、ピカソの描いたものは習作でも美術館に収められ、コレクターなら垂涎の的になるが、我々の世界ではあくまで「再現性」という名のもとに凝縮されてしまうことだろう。
(ノーベル賞でも取れば、後に実験ノートが記念館に陳列されることはあるかもしれないww)

アートはやっぱり実際に見てみないとわからないことがいっぱいあることを改めて実感した。
それも、なるべくなら、その作品が描かれた地で、あるいはその作品を大事に収蔵している美術館で。
足を運ぶ価値は絶対にある。

【追記】そういえば、2年前、ボストン美術館で見たベラスケスは何だったのかが急に気になって、それをネットで調べるのに、かなり苦労したのだが、ようやくわかった。
(そもそも現地ではネット環境が悪かったし、時間も無かったのだが、日本に戻ってから調べてもボストン美術館のウェブサイトのスペイン絵画コーナーが充実していなかったため)
白い衣装の女性はマルガリータ王女の姉のマリア・テレジア(マリー・アントワネットの母ではない、約1世紀前の方)で、男の子の方はマルガリータの兄のバルタサール・カルロスが矮人を連れているものだった。
あー、すっきりした!

ちなみに、プラド美術館はゴヤも良かったけど、すべて撮影禁止。
ベラスケスとピカソ_d0028322_7215366.jpg

by osumi1128 | 2012-07-23 07:19 | アート

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