旅の総括:ニュー・オーリンズ編(2012年10月)【画像アップ】

ニュー・オーリンズで開催されたNeuroscience 2012(北米神経科学大会SfN)に参加した。
ちょうど日本を発つ直前に山中さんのノーベル医学生理学医学賞受賞のニュースが舞い込み、応援団としてお祝い記念にブログを続けて書いていたら、さらにiPS細胞を用いた心臓移植手術という捏造騒ぎが起きて、こちらも気になる話だったので記事にしたら、アクセス数が格段に増えたのだが、いいことなのかどうか……。

ニュー・オーリンズは初めての土地なので、印象を残しておく。
学会出張の折には、宿泊は会場最寄りを原則としており、今回のホテルは歩いて1ブロック(5分)程度。
空港からはタクシーで一律33ドル、さほど混まなかったので20分程度で着いた。
ただし、ボストンからのJet Blueの直行便(客席100程度でビジネス席無し)は遅れに遅れて、到着は1時間半くらい遅くなった。
ボストンは冬に向かって最低気温が0℃に近づいたくらいだったので、ニュー・オーリンズのルイ・アームストロング空港に降り立ったときには暑くて大変だった(業界用語で言うところのheat shockですね)。
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学会場のコンベンション・センターの前にあった不思議なオブジェ。




SfNは参加者が3万人を超える大型学会なので、会場はワシントンDC、サン・ディエゴ、シカゴくらいに固定されつつある。
ニュー・オーリンズでの開催は2003年から9年ぶりなのだが、これは2005年8月にハリケーン・カトリーナが襲来して街の8割が水没するという甚大な被害がもたらされ、予定されていた2006年、2009年の開催がそれぞれアトランタとシカゴに移ったからだ。
昨年311東日本大震災を体験した身としては、ニュー・オーリンズがどのように復興したのかを是非、見たいと思ったのだが、そういう余裕は無く、空港から学会場のコンベンション・センターまでの間に被害の爪あとを見ることはできなかった。
また、ランチやディナーを食べに足を運んだフレンチ・クォーターは、市内ではやや高台にあって被害は少ない地域であったらしい。

ちなみに、フレンチ・クォーターはお洒落なギャラリーやレストランもあれば、有名なバーボン・ストリートのようにバーやクラブやキャバレーやアヤシイ店やらがひしめいていて、夜中まで喧騒が耐えない、いや夜中になるほど盛り上がるようなところもある。
友人のJohn Rubensteinとそのラボ・メンバーとの夕食後に「Norikoが初めてなのなら、ちょっと素見してみよう」と歩いたら、バーの二階からチープなキラキラのネックレスが降ってきたりして、否応なしに「参加型」の体験をすることになる(笑)。
通りを歩いている間、その「戦利品」であるネックレスをいくつも首から下げているのが正統派の観光客だ。
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(画像はJohmが撮影)

コンベンション・センターはDCやサン・ディエゴよりもさらに巨大だったように思う。
本来、大きな学会は好きではないが、分野の動向把握という意味では、午前午後で入れ替わる総数1万ほどのポスター(全部を見られる訳ではない)を眺めるだけで何が流行りなのかがわかる。
例えば、ポスターのカテゴリーAはDevelopment(発生)で、うちの研究の軸足だが、今年はヒト脳の遺伝子発現の網羅的解析のものが複数のラボから同時に出ていたし、成体におけるneurogenesis(神経新生)もこのセクションに含まれるようになった数年前から、まだその数は増加傾向にあると思う。
セクションの数はAからZの次がAAからになり、今年の最後はGGGだった。

さらにFeatured LecturesからSymposium, Mini-symposium, Nano-symposiumという講演・口頭発表まで入れた発表総数が1万5千くらいなので、紙の抄録集は無く、Abstractはweb上に置かれている。
ただし、やはり演題名・発表者・所属のみを一覧できる紙媒体は需要があるので、全体をまとめたものと、曜日ごとの分冊(土曜日から水曜日まで5冊)が電話帳のような薄い紙として綴じられている。
そんな訳で、自分の聴きたい演題を探すのは、数年前からオンライン検索システムが主流となっており、さらにマイ・スケジュールも作成できるのだが、結局いくつもの演題が同時に重なっているので、分身の術でも使わない限りは聴くことができない。

今回は、うちの学生さんに「SfN参加しない?」と前々から言っていたのに「来年のSan Diegoの方がいいです」と振られ、しかも自分の登録アカウントにしばらくメルマガが届かない状態となっていたため(後から発覚)演題締め切りを失念し、発表無しの参加であったので、一番の収穫は、地元ルイジアナ大学のNicolas Bazan先生と直接の面識を得たことである。

数ヶ月前に共同研究依頼があり、じゃぁ、こんどSfNに参加するので、その折にお目にかかれれば、と言っていたが、直前になってなかなか連絡が付かない。
まぁ、きっと地元での学会開催だったら、何かとヴィジターも多くてお忙しいだろうし、ということでやきもきしたが、最終的にはBazan先生が設立して現在もEditor-in-Chiefを続けておられるMolecular Neurobiologyという学術雑誌の編集会議兼夕食会にご招待を受けた。
私は日本の神経科学学会のオフィシャル・ジャーナルであるNeuroscience Researchの編集委員なので、はからずも敵情視察になった訳だ(笑)。

Mol Neurobiol誌はSpringer社から出版されており、編集会議に同席していた担当者の方は他にもいくつもの雑誌の発行に関わっている。
Neurosci Resとの一番大きな違いは、「学会誌」ではないことだ。
現在、投稿数はどんどん伸びており、いわゆるインパクト・ファクター(IF)も6前後なので安定した中堅どころの雑誌として確立しているので、お取り潰しになることは、しばらくは無いだろう。
学会からの雑誌であると、出版社との契約の問題等、何かと面倒なことがある。

編集会議で若干議論になったのは「open access」の取り扱いをどうするか。
これは、本来はこの雑誌(やそれを含むパッケージ)を契約していないと、オンラインで論文を閲覧したりPDFファイルをダウンロードできないのだが、著者が余分に(Mol Neurobiolの場合は30万円くらい)を払えば、誰でも雑誌のサイトにアクセスできるようになる。
社会における知の共有という意味で言えば、すべての研究成果に誰もがアクセスできることが理想である。
日本の場合であれば、研究費の大半が税金なのであるから、それは納税者の権利とも言える。
ただし、そのために研究費から多大な支出が為されているという現状は、まだ一般にはあまり知られていないかもしれない。
論文発表にかかる費用としては、さらに雑誌によって「投稿料」(1万円程度)、論文別刷り代(100部で30万円程度)、英文校正などを行えば、さらに費用がかかる。
大学への運営費交付金削減の折、競争的な研究費を獲得できない研究者にとっては、出せる雑誌も限られてくることになる。

雑誌によっては、すべてopen accessで紙媒体を持たない、というスタイルで行なっているものもある。
PLoSシリーズなどはその先駆であり、このやり方が「当たった」ために、現在ではNatureの姉妹誌等でもopen accessにしているものがある。
これは、今のところopen accessにする相場が20万円〜30万円程度なので、出版社にとって「ドル箱」とみなされているからである。
研究者がどの雑誌に投稿するのかは、圧倒的な権威を有する「ハイ・ジャーナル」を除けば種々のファクターによって移り変わるので、オープン・ジャーナルの経営は必ずしも安定的とは言いがたい。

ちなみに、過日の森口騒動追記で、Nature Method, 2010が存在しないにも関わらず報告書にそのように書かれていたことに種々の問題があることを指摘したが、その中身はNature系のProtocol Exchangeというサイトに「投稿」されている、とFacebook経由で教えて頂いた。
この「サイト」は、本来、良い実験方法があれば、査読システムでお墨付きを受けずに素早く皆で共有しましょう、という意図で作られたはずであるが、「査読制」ではないことを逆手に取られたようなものだ。
「ほら、このサイトに<掲載>されています」と説明されれば、普通の雑誌のサイトとの区別も難しいし、素人の記者さんが「なるほど」と納得してしまっても仕方ないだろう。
念のため繰り返すが、どんな制度も悪用する人間はありえるが、先にそのことだけを考えて取り締まり強化のみ考えるのは非合理的である。

さて、編集会議は雑誌の動向が順調だったのであっという間に終わり、後は美味しいお料理を堪能して、出席者同士で会話を楽しみ情報収集をするという至福のときであった。
まぁ、編集主幹のBazan先生側から見れば、編集委員の方々が素敵な空間で美味しいお料理を食べて幸せな気持になって、雑誌運営のモチベーションに繋がれば良いということ。
デザートの頃にBazan先生の方から「本日のゲストの一人、Prof. Osumiのご専門を伺いましょう」と紹介され3分スピーチをしたが、15名程度のテーブルでその聴衆に合わせた言葉で自分の研究のハイライトを伝える、というようなトレーニングは、日本の高等教育の中では圧倒的に欠けていることだと思う。

旅の総括:ニュー・オーリンズ編(2012年10月)【画像アップ】_d0028322_21573039.jpgBazan先生はいわゆる地元の名士であり、今回のSfN開催に合わせて、利根川進先生とドミンゴのニュー・オーリンズ名誉市民の授賞式のようなものを開催されたらしく、ドミンゴ生歌付きランチ・パーティーにもお誘いを受けたのだが、参加できなかったのは残念だった。
ちなみに画像は、Bazan先生ブランドのエチケットが付いたワイン。
オレゴン州の畑のピノ・ノワールが3種、振舞われた。
うーーむ、今までにはないタイプの知り合いができた。

【関連リンク】
Bazan先生のことを紹介したDANA Foundationの記事:The Arts of Neuroscientists: Nicolas Bazan(20年前にドミンゴと一緒に写っている画像付き)

【追記】
それから、神経科学者SNSオフ会には30名以上の方が集まって、地元のバーの奥がほとんど日本人貸切状態だった。
画像は女性PIの見学美根子さんと平田たつみさんとご一緒に。
旅の総括:ニュー・オーリンズ編(2012年10月)【画像アップ】_d0028322_2211937.jpg

by osumi1128 | 2012-10-18 22:02 | 旅の思い出

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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