アステラス病態代謝研究会第43回研究報告会にて

アステラス製薬関係の公益財団法人であるアステラス病態代謝研究会は、若手研究者を中心として研究費の助成を行なっている。
この財団は、無難な研究よりも「キラリと光る研究」を支援しようという精神のもとに審査することが大きな特徴。
昨年の採択を受けた研究助成者による研究報告会が開かれたが、その冒頭で、審査に関わる学術委員会の委員長である後藤由季子(東大分生研)さんが開会のご挨拶をされた。

その中で「自分の周りを見ていても、若い方々がリスクを恐れる傾向が強くなっていることを感じる。日本の停滞を打ち破るには、企業でもアカデミアでもチャレンジ精神が必要。山中さんのノーベル賞受賞は、そういう意味で追い風になる」という趣旨のことが述べられた。
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それで思ったのだが、若い世代がリスクを回避する傾向は、日本の子どもの育て方において「失敗を体験させない」ことが強まったことによるのではないか?
小学校の運動会で、徒競走の際に「皆でお手々繋いでゴールイン」という「勝者・敗者を決めない」というやり方は間違った民主主義である。
「勝者になる」という成功体験を与えないことももちろんだが、「駆けっこではビリだった」というネガティブな体験をしないことが、精神的な脆弱性を生むことに繋がってないだろうか?
また、評価も5段階ではなく、「よくがんばりました」「もうすこしがんばりましょう」の2つでは、自分の立ち位置や、どの程度がんばるべきなのか見えにくい。

若いうちに「失敗体験」をしていない子どもたちが、やがて大学に進学し、さらに大学院に入ってくる。
修士・博士課程で行う「研究」という営みは、「問題集」を解いて正答を覚えたり、素早く回答する訓練とは大きく異る。
研究では、最初に「正しい答え」があるのではない。
したがって、立てた仮説にもとづいて実験を行なって、常に予定どおりの回答が得られる訳ではなく、多くの学生さんはここでとても「傷つく」ようだ。
「自分は先生の言った通りに努力したのに、なぜ<正しい>答えが得られないのだろう?」と考えて、師弟関係が悪くなることもある(苦笑)。

ちなみに生命科学分野では、良い研究のためには「良いquestionを立てる」ことが1/4くらいの重みを持ち、次の1/4が「良いstrategyを立てる」、つまり、適切な材料や方法を選ぶ段階、そして「地道な努力をする」、すなわち粛々と実験を行う段階、最後に「結果をよく吟味する」ことが必要となる。
ビギナーの学生さんの多くはこの3番目のところだけが研究だと思っていることが多いのだが、最低でも「結果をよく吟味する」ことが重要であり、そうやって経験を積んでもらいつつ、良いquestionやstrategyを立てることができるように育てていくのがメンターの役目だと思う。

さて、思い通りの結果が得られなかった際に、「転んでもタダでは起きない」という「打たれ強さ」がチャレンジングな研究を行うのには必須である。
上記で述べたように、小さいときに「失敗を体験していない」ことが、躓いたときのダメージやストレスになっているのではないか、ということを考えるのだ。

アステラス病態代謝研究会の研究助成金の公募は、毎年4月〜6月の頃になる。
「女性研究者の応募を歓迎します」ということも明示されている点もユニークなのだが、これは「キラリと光る研究」と同じく、児玉龍彦先生を理事長とする財団の方針だ。
 特に応援したい研究者は、「個人型研究を提案する研究者」、「女性研究者」、「教室を立ち上げたばかりの研究者」、「留学から戻られたばかりの研究者」です。 交付者中の女性比率および臨床研究への支援比率を順次引き上げたいと考えていますので、女性研究者からの、また、臨床研究に関する、積極的な応募を歓迎します。

報告会では、最優秀理事長賞および、アステラス製薬の前会長のお名前を冠した「竹中奨励賞」が選ばれ、「報奨金」が授与されることも、研究のモチベーションを上げるに違いない。
これまでの助成金採択課題等はHP参照のこと。
元気な若手の方は是非、応募されたし!
by osumi1128 | 2012-10-21 09:28 | 若い方々へ

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