核移植
2005年 09月 16日
発生学を教えているということもあり、それなりの知識はあるが、どこまでが許されることかということについての基準は個人個人で大きく異なるだろう。
例えば最新技術としては、加齢卵からの核を若い卵に移植し、その卵を用いて体外受精させることにより、加齢に伴う様々な問題を回避することができるそうだ。
生物学的知識のある方ならお分かりだろうが、この場合、細胞質にあるミトコンドリアは本人のものではなくなる。
ミトコンドリアは母性遺伝するので、この場合の受精卵のミトコンドリアは第三者のものが受け継がれることになる。
このような「核移植」は許されるのだろうか?
この治療を行っているクリニックの医師によれば、「臓器移植と同じと見なすことができる」という。
肝臓の機能不全の治療として誰かの肝臓を移植することが認められるのであれば、加齢によって不具合のある卵子の細胞質を取り替えるということだって認めるべきではないか、という訳だ。
進化の過程における自然淘汰に対して、ヒトは様々なレベルで大いなるチャレンジをしている。
未熟児を育てることにしても、40年前なら生きることができなかった1kg未満の子供でさえ、今は救命することが可能だ。
だが、顕微受精による子供にせよ極小未熟児にせよ、その子供達の一生やさらに次世代にどんな影響があるのかはまだ未知数である。
それでも「子供が欲しい・子供を生かしてほしい」という、ヒトとしてあるいは生物としての根元的な欲求を目の当たりにした医療従事者は、その願いを叶えるために最大限の努力をするだろう。
非常に難しい問題であることを感じた次第である。














