「基礎研究」とは?
2013年 06月 11日
私自身も議論に参画させて頂いた第3期の科学技術基本計画の中で、基礎研究にはいわば2つあることが定義されました。
基礎研究には、人文・社会科学を含め、研究者の自由な発想に基づく研究と、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究があり、それぞれ、意義を踏まえて推進する。すなわち、前者については、新しい知を生み続ける重厚な知的蓄積(多様性の苗床)を形成することを目指し、萌芽段階からの多様な研究や時流に流されない普遍的な知の探求を長期的視点の下で推進する。一方、後者については、次項以下に述べる政策課題対応型研究開発の一部と位置付けられるものであり、次項2.に基づく重点化を図りつつ、政策目標の達成に向け、経済・社会の変革につながる非連続的なイノベーションの源泉となる知識の創出を目指して進める。
震災直後に出された第4期の科学技術基本計画では、対応する部分がありませんので、とりあえず、我が国の科学技術政策における「基本計画」は上記の定義に基づくと考えるべきと思われます。
すなわち、基礎研究には
(A)自由な発想・ボトムアップの基礎研究
(B)政策誘導・トップダウンの基礎研究
があるということです。
たとえば、うちのラボの場合でいうと、昨年のEMBO Jに出した「サイクリンD2という分子の局在により、哺乳類大脳皮質構築における神経幹細胞の維持と神経細胞への分化のバランスが制御される」なんていう研究は(A)に相当しますし、今年の「心の病の発症しやすさに関する臨界期をマウスでモデル化した」というJ Neurosci掲載のものは(B)に相当します。
上記の(B)の例は、動物を用いた研究ですが、「近い将来、精神疾患発症の予防に繋がってほしい」という願いに基づく、「出口指向性」があるのに対し、(A)の例は、そのこと自体が複雑な哺乳類大脳皮質構築という生命現象における真理の追求が主たる目的です。
私自身はどちらの研究も研究者にとって「わかる喜び」をもたらしますし、それを科学者以外の方々とも共有できたら嬉しいと思っています。
(A)の研究は、研究者一人ひとりが、自分の頭で何か面白い研究はないかと探し、追求するものですから、十人十色、きわめてさまざまな分野にわたる研究がありえます。
対する(B)の研究は、我が国の状況に合わせて、「今、どこの出口を見据えた研究を行うか」という意味で、絞られる必要があります。
すなわち、基礎研究の特色として
(A)自由な発想・ボトムアップの基礎研究=多様性
(B)政策誘導・トップダウンの基礎研究=重点的
ということになります。
いわゆる「日本版NIH」は(本家とは異なり)(B)の基礎研究から、トランスレーショナル・リサーチ、臨床研究までをシームレスに繋ぎたいという意味においては、これまでの重複を解消するなどの取り組みが大事でしょうし、どのような「出口」をまず考えるのか検討すべきであり、いきなり「分野は何でもいいですよ」ということはリスクが大きいと思います。
また、(A)の基礎研究はもともととは質的に異なるものなのですから、この部分を削ることがあってはならないでしょう。
第3期科学技術基本計画では以下のように書かれています。
なお、基礎研究全体が下記2.に基づく重点化の対象となるのではなく、例えば科学研究費補助金で行われるような研究者の自由な発想に基づく研究については、政策課題対応型研究開発とは独立して推進されることを明確化し、理解の徹底を図る。
第3期の議論が為される中では、例えば以下のような扱いも述べられていました。
(基本計画特別委員会の重要政策中間とりまとめより)
大学を中核として研究者が自由な発想に基づいて取り組む萌芽段階からの研究は、科学の発展及びイノベーション の創出双方の源泉である。萌芽段階からの多様な研究を長期的視点から推進し、国全体として、いわば「多様性の苗床」として新しい知を生み続ける重厚な知的蓄積を形成・確保することが必要である。
第3期の計画が十分に実行されるよりも前に、震災が起き、第4期の基本計画も震災対応に追われて、「基礎研究」に対するリスペクトが、いつの間にか失われてしまったように思います。
今一度、この点を見据えた上で、「日本版NIH(仮称)」(←この名称が適切かも含め)の中身を考えて頂きたいと思います。
なお、正確に言うとNIH予算の中には結構上記の(A)に相当するような研究も含まれますが、さらに米国においてはNational Science Foundation(NSF)から基礎研究への支援が為されています。
下記はとても参考になる冊子と、その日本語訳サイトです。
Unlocking the secrets of science: where discoveries begin(NSF冊子)
科学の秘密の錠を開ける