基礎研究へのリスペクトと研究倫理

本年2月 22 日に内閣官房長官の下に健康・医療戦略室が設置されていましたが、先週の金曜日に、「健康・医療戦略」が閣議決定されました。
健康・医療戦略(2012年6月14日付け、PDF)
ここでの問題意識は以下になります。
世界に先駆けて超高齢化社会を迎えつつある我が国にあって、政府は、世界最先端の医療技術・サービスを実現し、健康寿命世界一を達成すると同時に、健康・医療分野に係る産業を戦略産業として育成し、我が国経済の成長に寄与することにより、我が国を課題解決先進国として、超高齢化社会を乗り越えるモデルを世界に拡げていかねばならない。

すでに、昨年6月に「医療イノベーション5か年戦略」が取りまとめられていたのですが、
同戦略に掲げられている施策のうち、実行すべきものは速やかに実行し、新たに追加すべきものは、速やかにこれに盛り込むという方針で、同戦略の充実を図るべく見直し行い、ここに新たに「健康・医療戦略」を取りまとめた

ということになります。

そして、以下の項目が「産業競争力会議」との整合性を取りつつ、とくに盛り込まれました。
・医療分野の研究開発の司令塔機能(日本版 NIH)の創設【各論1.(1)】
・医療の国際展開【各論4.】
・健康寿命延伸サービスの創出【各論2.】
・健康・医療分野における ICT の利活用の推進【各論3.(4)

ここしばらく問題にしていたのが上記の「医療分野の研究開発の司令塔機能」の部分です。
各論の「いの一番」に挙げられています。
1.新技術の創出(研究開発、実用化)
-日本の官民の力の再編成による目標への挑戦-
(1)政府部門における研究開発の推進と重点化
革新的な医療技術の実用化を加速するため、医療分野の研究開発の司令塔機能(「日本版 NIH」)を創設し、政府部門における医療分野の研究開発の推進と重点化に向けた取組を着実に実行する。


重点的な疾患としては、がんが大きく挙げられています。
その他挙げられているのは、難病・希少疾病、免疫・アレルギー疾患、小児疾患、B 型肝炎や肝硬変、インフルエンザ等の感染症、認知症やうつ病、動脈硬化を中心とした生活習慣病です。
また、再生医療については以下の書き込みがあります。
エ その他
ⅰ 疾病の根治を目指す治療法の開発や、他に代替手段の無い重篤な疾患の治療方法の確立等に向けて、再生医療研究について、基礎から臨床まで一貫した支援を実施し、早期の実用化を目指す。

これらを推進するために、
3)医療分野の研究開発の予算の一元化及び戦略的・重点的配分
総合戦略の実施のために必要な医療分野の研究開発関連予算について、これまで関係各省に計上されてきた当該予算を一元化し(調整費など)、総合戦略に基づき戦略的、重点的な予算配分を行う。

ということになっています。

たぶん、行政サイドで今後の問題となるのは以下の部分でしょう。
4)研究開発の推進体制の整備
① 研究管理の実務を担う中核組織の創設
総合戦略に基づき、個別の研究テーマの選定、研究の進捗管理、事後評価など、国として戦略的に行うべき実用化のための研究を基礎段階から一気通貫で管理し、実務レベルの中核機能を果たす独立行政法人を設置する。

そして、「日本版NIH」については、工程表(p27、PDFファイルでは末尾に掲載)や下記の書きぶりからは、「今すぐ行う訳ではない」と読めるのですが……。
② 医薬品・医療機器の開発支援機能の強化
オールジャパンの医薬品・医療機器開発支援体制の整備
ア 大学・研究機関等における我が国の優れた研究成果を確実に医薬品の実用化につなげることができるように、基礎研究等から医薬品の実用化まで切れ目なく支援するためのオールジャパンでの創薬支援体制として、関係府省の連携を強化し、関係府省・創薬関連研究機関等による創薬支援ネットワークを「日本版 NIH」の創設に先行して構築する。
(中略)
創薬支援ネットワークの本部機能を担う「創薬支援戦略室」を日本版 NIH の創設に先行して構築すると共に、有望シーズを保有する研究者と実際に共同研究等を行う創薬関連研究機関等の機能及び機関間の連携を強化する。あわせて PMDA について、このネットワークと緊密に連携する医薬品・医療機器の研究開発に関する相談事業の整備・強化を行う。

「健康・医療戦略」では、以下、インフラ整備、実験動物の取り扱い、国際標準化など、当然ながら必要な事項が並びます。

とりあえず公表された書類からは、いきなり「日本版NIH」に3500億、というようなことにはなっていないので、先日、ライフサイエンス系7学会の共同声明や、生物科学連合54学協会の共同声明が、強い危機感を表明したことは(そんためだけではないと思いますが)それなりに功を奏したのかもしれません。

上記の「健康・医療戦略」は、もちろん我が国として重要な施策であることは疑いもありませんが、一貫して主張しているように、純粋な基礎研究の推進も国として大切なことです。
芽が出るように、種を撒いたり、水や肥料をやったりすることがおろそかになっては駄目で、面白そうな芽が出たときに、苗床から植え替えるような仕組みや、それを見つける目利きの存在も大事でしょう。
基礎科学研究をリスペクトし、支えることが、我が国の文化であって欲しいと願います。

研究費の支援という意味で言えば、約10倍規模と言われる米国NIHの予算の半分は基礎研究に充てられています。
(研究費でPIの人件費も賄われるなど、制度が大きく異なるので、単純な比較は難しいのですが)
さらにNSFが支え、場合によってはDARPAからも基礎研究が支援されます。
簡単に「一元化」すれば良い訳ではないと個人的には考えます。

一方で、科学者がリスペクトされ国から支援されるためには、自らの襟を正すことも必要だと、今回、共同声明関係に巻き込まれたときに真剣に思いました。
良い研究を行なって、それがハイ・インパクトなジャーナルに掲載され、そのことによって大きな研究費を獲得したり、プロモーションしたり、という良いサイクルで回ればよいのですが、さらなる研究費獲得のためや、自らの次の職のために、ハイ・インパクトなジャーナルに掲載されることが目的化し、それを「効率よく」達成するためにデータの捏造や改竄が生まれる……という現実が(科学者全体の数から言えば圧倒的に少ないと思いますが)確実にあります。
(小さな声で)あと、54学協会の声明文の末尾に挙げられている学協会代表者、53人が男性っていうのも、「科学者集団というのは、旧体制を守りたいだけなの?」っていうイメージなんじゃないかなぁ……。
(顔写真で載せると、さらに年齢も想像できるので、よりオジサンの印象が……)

ちなみに、日本分子生物学会では研究倫理についての理事長報告および理事会声明を発出し、現在会員アンケートをオンラインで行なっています。

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日本分子生物学会の研究倫理に関する理事長報告および理事会声明
by osumi1128 | 2013-06-18 09:34 | 科学技術政策

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