『リーン・イン』に学ぶリーダーシップ

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拙翻訳本『なぜ、理系に進む女性は少ないのか?』(西村書店)は、実は『リーン・イン 女性、仕事、リーダーへの意欲』(シェリル・サンドバーグ著、日本経済新聞出版社)と同じタイミングで上梓されました。
著者のサンドバーグ氏のリーダー論はTEDパフォーマンスですでに見ていたので、読まなければと思っていたところに、「『なぜ、理系に進む女性は少ないのか?』けっこう同じようなことが書いてありますよ」と教えて下さる方が複数おられたので、急いでお取り寄せ。
なるほど、巻末には50ページほどの横書きの引用文献や原注が挙げてあり、まさか本人がこんなに調べた訳はないよね?と思ってあとがきを読むと、社会学者のマリアンヌ・クーパーという方がかなり調査に関わり、根拠となる文献等を調べられたようです。
さらにそれをライターのネル・スコーヴェル氏が「女性のリーダーが増えれば世界はもっと平等になり、もっとよくなるという揺るぎない信念」に基いて書かれたものだとわかりました。

読み始めていちばんびっくりしたことは、サンドバーグ氏がラリー・サマーズの弟子であり部下であったこと。
サンドバーグ氏にとっては、元財務長官であるサマーズは「師と仰ぐ」方なのだが、私がその名前を知ったのは、かの有名な「サマーズ発言」により、ハーバード大学の学長を退くことになったというエピソードから。
そう、まさに拙翻訳本の原著「Why aren't more women in science?」は、「サマーズ発言」があったことをきっかけに世に出た本と言っても差し支えありません。

「サマーズ発言」とは何かも『なぜ、理系に進む女性は少ないのか?』にかなり詳しく書いてあるのですが、簡単に言えば、当時ハーバード大学学長であったサマーズが、2005年1月に全米経済研究所の後援によって開かれた会議において、科学や工学分野になぜ女性が少ないのかについて、生得的な違いがあるという主張に受け取ることができる発言をしたために、キャンパス内外で大きな波紋を呼び、最終的に学長に対する不信任議案が同年3月に提出されて可決されたという、ハーバード大学始まって以来のエピソードです。

ちなみに、この点は『リーン・イン』ではまったく触れられていないのですが、決議前の2月に行われたハーバード・クリムゾン紙の調査では、サマーズの辞任を19%の学生が支持したのに対し、57%の学生が辞任に反対した(Wikipediaより)という事実に鑑みれば、サンドバーグ氏がサマーズを擁護する立場にいたとしても不思議はありません。
ともあれ、この点は『リーン・イン』の中身からはとくに重要な点ではないので、これ以上は言及しないでおきましょう。
(いつか、お目にかかることがあれば、個人的には訊いてみたい点ですが………)
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タイトルとなっている『LEAN IN』とは、もともとの語源としては、バイクなどに乗って高速でカーブを曲がる際に、曲がる側に身体を傾けることによってスピードを落とさず攻めて走り抜けることを意味します。
まさに、世界銀行、財務省、マッキンゼー、グーグル、フェイスブックと、どんどんキャリアアップしてきたサンドバーグ氏のライフスタイルに相応しい、躍動感のあるタイトルです。
(画像は女性ライダーカメハッピー氏のフォトログより拝借しました)

本書は、単なる「サンドバーグ氏の半生記とキャリアアップのためのヒント集」というよりも、実際に「性差についての無意識のバイアス」が存在することを種々の根拠をもって示していることに、もっとも価値があると思います。

たとえば、履歴書の名前が「ハウディ(女性)」か「ハワード(男性)」かによって、人物評価が異なるということ。
(拙翻訳本にも同様の研究論文が引用されています)
バリバリの履歴を持つ「ハウディ」は嫌われ、「ハワード」は好かれる傾向にあるのですが、それは、男性からだけでなく、女性からも同様であるということは、男性だけでなく女性もまた(米国でさえも)「女性は家庭を守るべき」というバイアス、伝統的な女性のステレオタイプに囚われていることを意味しています。

あるいは「女性エグゼクティブは女性に厳しい」と非難されるのは、男女ともに女性上司に対しては男性上司に対してよりも「暖かさや優しさ」を期待することの裏返しであり、性差によって上司に対するダブル・スタンダードが存在することがあるのです。

そもそも、サンドバーグ氏自身が本書で述べているように、TEDのパフォーマンスでFacebookのことを主題とするのではなく、「もっと女性リーダーを増やすべき」という主張をすること自体、「そんなことをしてキャリアに傷つかない?」と心配されたというエピソードも、バイアスに影響されています。
でも、ある時点から、誰かが主張しなければならないと感じるようになり、彼女はそのアクションを取る決意をし、さらにTED後のフィードバックを受けて本書が世に出た訳です。

序章では、リベリアで女性たちによる非暴力抵抗運動を率いて内戦集結に尽力し、2011年にノーベル平和賞を受賞したリーマ・ボウイーとのエピソードが紹介されています。
彼女の自伝『祈りよ力となれ』の出版記念パーティーがサンドバーグ氏の自宅で開かれた折、リベリアのような国で内戦の恐怖や集団レイプに苦しむ女性たちを助けるには、アメリカの女性はどうしたらよいか?という問いに対して、ボウイー氏は「もっと多くの女性が権力のある地位に就くことです」と答えたというのです。
指導的な役割を果たす女性がもっと増えて、女性が抱える問題やニーズをもっとつよく主張できるようになれば、すべての女性が置かれた状況は改善されるにちがいない。(序章「内なる革命」より)

直近の従軍慰安婦問題に対する某政治家の発言などを聞くにつけ、日本の国の民度を上げて精神的に豊かな国になるためには、リーダーとなる女性を増やすことが喫緊の課題だと思います。

そのためにどうしたらよいか、以下、やや長いですが本書から引用しておきます。
一つ大きな障害となっているのは、職場はだいたいにおいて実力主義だと大勢の人が信じていることである。つまり、集団ではなく個人を見て、結果の差は実力から来るのであって、男か女かは関係ないと判断する。トップの座に就いている男性は、自分が享受している恩恵に気づいていないことが多い。なぜなら−−男だからだ。だから、女性につきまとう不利益に目が向かない。下の地位にいる女性のほうも、男性がトップにいるのはそれだけ能力があるからだろうと考えがちだ。だから現在のルールに従ってがんばれば昇進できると信じ、ジェンダー・バイアスの存在に疑問を提出することも、声を上げることもしない。その結果、不公平なシステムがいつまでも続く。これは男女両方の責任である。(「10章 声を上げよう」より)


これから社会に出ようとする若い女性、男性、そして、そういう若い世代を育てる教員や、実社会で受け入れる側の世代の方々皆が「無意識のバイアス」に気づくことが、人的多様性に富む豊かな社会への最初の一歩だと思います。

【関連リンク】
サンドバーグ氏によるTEDパフォーマンス:なぜ、女性のリーダーは少ないのか?
拙理事長メッセージ2013年夏
by osumi1128 | 2013-07-20 00:11 | 書評

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