『医者ムラの真実』を読んで考えたこと
2013年 11月 17日

そのうちの1冊(←という言い方ができるのかもはやわかりませんが…)が『医者ムラの真実』(榎木英介著、ディスカバー携書)です。
以下は帯のキャッチコピー
「博士漂流時代」で
科学ジャーナリスト賞受賞の
著者が自ら身を置く
医療業界の
マスコミが書かない
問題を衝く!
日本は戦後の右肩上がりの時代からの変化に応じて上手く舵を切り替えられていないので、いろいろな「問題」はどの業界でもあるのですが、たしかに医学・医療の分野の抱える問題は多岐にわたります。
筆者の榎木さんがあとがきで吐露しているように、本書は必ずしも帯に載っているような「インテリヤクザ? 学閥の実態!」のように読者を煽ることばかりが書かれているのではありません。
読んでいてもっとも実感がこもっていたのは、生命科学研究の道から医学に転向した筆者がキャリアとして選んだ病理診断の現状についてです。
例えば癌の手術の際に、十分癌組織を切除できていたかどうかや、その癌の悪性度などは、摘出した組織を薄切し染色を行うことによって病理医が診断しますが、患者さんにとっては「病理の結果が出ました。腫瘍の悪性度は悪性ではないようです」という言葉を主治医の先生を介して聞くことになります。
直接、患者さんと接することが少ない診療科ですが、縁の下の力持ちというか、とても重要な役割を担っているのです。
東大で学部から大学院まで生命科学研究を行った榎木さんのようなバックグラウンドの方には、病理医というのはとても適性のある分野であったのではないかと思います。
ただ、この病理医が今の日本で少ないことは大きな問題ですね。
榎木さんはまた、医学部学生の多様性の無さを指摘しています。
主要な受験校の出身者が3割も占める国立大学医学部や、医療関係者の子弟が圧倒的に多い私立大学医学部など、普段からなんとなく「そうかな?」と思っている事実が数字を挙げて取り上げられています。
同じような境遇の人間が、学部の長い間、共通の授業や実習を一緒に受けて育っていくことが、「ムラ」社会を生みやすいのです。
そんな中で榎木さんのような「長老」(私のいた学部では「学卒」と称していました)は、多様性を増やすという意味でキーパーソンになると榎木さんは考えます。
なんと、東海大学では医学部編入を学年で40名も認めているそうです。
組織の多様性が重要であることは、私自身は女性の参画という観点も含めて一貫して主張してきたことなので、榎木さんの主張には首肯します(あ、女性医師の問題もいろいろあるのですが、きっと出版社さんの意向には合わなかったのかもしれませんね)。
でも、学閥の話のところで医学部の「純血率」を示す表を掲げ、18の医学部について基礎系、臨床系に分けて教授の出身大学を『医育機関名簿2011〜2012(医学書院)』から拾ってあるのですが、この中で「非医師」という扱いがあって、これが基礎系でさえ非常に少ないことについては、もしかしたら意見が異なっているかもしれません(「その他」がどういうカテゴリーなのか注釈があると良かったです)。
私は「多様性重視」なので、他学部出身者が医学部の教員として参入することに肯定的なのですが、榎木さんは「医学研究はやはり、6年(もしくは4年?)のみっちりとした医学教育を受けた人材でないと難しい」という立場にあるように本書からは読み取れます。
その上で、医学部出身者で基礎研究をする人材が枯渇していることを取り上げています。
実際、現在では「MD研究医養成」のためのプログラムが、文科省の支援を受けていくつかの医学部で展開していますが、その成果がどのようになるのかは、10年以上の経過を待って判断しなければなりません。
確かに、現状において医歯薬系以外の学部教育の中での「ヒト」の扱いは、極端に軽いように思われます。
これは、新しい研究分野の台頭に対応できていない点なので、私は長期的に見れば、望む学生さんには他学部から医学部の講義を受講することを許可するか、など、それより理想的には医者になる訳ではないが医学研究をしたい人材に合わせたダイジェスト版医学講義行うなどの改善すべきなのではと思います。
あぁ、その意味では、高校の教科書での「ヒト」の扱いも軽すぎますね……(この話はまた別の折に……)。
米国では、臨床の分野に、MDとPhDの教授が二人所属することも珍しくなく、このあたりがトランスレーショナル・リサーチや臨床研究を推進する上での体制の差なのかなとも思います。
臨床のエフォートが必要無いPhD研究者がトランスレーショナル・リサーチに参入できれば、日本でもこの分野がもっと進むのではないかと思います。
単にその分野に研究費を配れば良いという問題ではないのです。
ともあれ、本書は医学部再受験や編入を考えたいと思う方には、是非、一読をお勧めします。
いろいろなキャリア・パスがあることを知った上で、自分の得意なことを仕事にするのが一番だと思っています。
【参考リンク】
東北大学MD研究医養成プログラム紹介webサイト