細雪と祝い肴

細雪と祝い肴_d0028322_21380554.jpg昨年末に数週間かかって『華麗なる一族』を読んだ後、『細雪』を読みました。
続けて読んだせいか、共通項を感じました。

「こいさん、頼むわ。ーー」
で始まる本書は、谷崎文学の中でも際立った日本的美しさが定評で、何度も映画化されているくらいなのですが、これまで、どうにもこうにも「辛気臭くて」読了できず……。
蒔岡家四姉妹のうちの三女の「雪子」のこれまでの縁談話から、しばらくして第五章に、着物に締めた新しい袋帯が息をするたびに音がして、音楽会には向いていない……というところあたりまで読んでギブアップでした。
それが、今回の電子書籍でのチャレンジは数週間かかったものの、最後まで行き着きました。

ストーリーとしては、昭和10年代に、没落したとはいえお手伝いさんを数人抱える旧家の分家、毎年、蘆屋から京都に泊まりがけでお花見に行くような二女、幸子の目線を中心に語られます。
30歳半ばでまだ「娘(とう)さん」と呼ばれる雪子のお見合いイベントに加え、トんでる四女妙子の波瀾万丈な出来事が、これでもかと綴られていきます。
何を食べたか、何を着たか(着物好きには興味深い記載が多々あります)についての、他愛ないといえばそういうディテールが延々と……。
句点が少ない書きぶりも、源氏物語との共通性が云々される所以でしょう。
どこかで「辛気臭い」という段階を乗り越えると、この話はいったい、どんな風なオチになるのか?という意味で、推理小説の犯人探しと同じ気分になり、先が知りたいという気持が強くなって、電子書籍の文庫版3巻を読み終えました。

読後感として、昭和10年代という時代において、「手に職を持つなんて、良い家の子女としては考えられない」と思われていたことや、婚姻が本人同士よりも家同士の繋がりの意味が強かったということを改めて認識し、そういう価値観は『華麗なる一族』という、昭和30年代後半、つまり戦後もしばらくして高度経済成長期に入っても、名家と言われるようなお家には引き継がれていたのだと思いました。
そういう文化は窮屈だったかもしれませんが、周囲がお見合いのお世話をしてくれる時代の方が、生物学的には結婚年齢が高齢化しなくて良かったともいえますね。
第二次世界大戦に至る前の日本の情勢がどんな塩梅だったかという意味でも、興味深い記述がいろいろとありました。
蘆屋から東京へは寝台特急があったこと、けっこう洋食も食べられていたこと、電話(←もちろん家電)の普及度、医療のことなど。

あと、「タキシー」「ドライアー」「ドーア」「コムパクト」というような表記の仕方が、むしろ今、普通に用いられている「タクシー」「ドライヤー」「ドア」「コンパクト」よりも原音に近いかもしれないと思われ、現在の日本語の中の外国語表記の問題が気になりました。
とくに、小学校低学年から英語教育を始めるのであれば、なるべく理解しやすいように、外国語表記も工夫すべきなのではと思います。

かつて、お正月の準備は母方の祖母とともに台所に立って行うのが年中行事でした。
祖母は船場の紙問屋の四姉妹の三女で、雪子ほどでは無かったのですが、当時としては婚期が遅く、祖父は14歳も年上。
祝い肴を誂えながら、ふと祖母のことを考えていました。
細雪と祝い肴_d0028322_20311544.jpg



by osumi1128 | 2014-01-02 21:42 | 雑感

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30