最相葉月さんの『セラピスト』を読んで

最相葉月さんの『セラピスト』を読んで_d0028322_08032579.jpg初期のベストセラー『絶対音感』だけでなく、『星新一』や『ビヨンド・エジソン』など、インタビューによって人物に迫るノンフィクションでも独自の世界を展開される最相葉月さんの近著、『セラピスト』を読みました。

『星新一』などを読んだときと違って、今回は一気呵成ではなく、1章、1章、噛み締めながら読んだのは、本書の中に最相さん自身がカウンセリングを受けたり、施したりするという内容が含まれていたからかもしれません。

本書で扱われる「セラピスト」は、精神科医や臨床心理士など、いわゆる「カウンセリング」を行う方であり、こころの病を抱えた相談者(クライエント)に寄り添う仕事をする立場の方です。
この場合のクライエントは、こころの病を抱えた本人やそのご家族なども含みます。

もっとも大きく取り上げられているのは、日本にユング派の心理学を持ち込まれた河合隼雄先生と、精神科医の中井久夫先生ですが、その他にも何人かのセラピストが登場します。

河合隼雄がこころの病を癒やすために開発された芸術療法の中でも、「箱庭療法」が日本人に向いているではないかと工夫されたこと、その歴史や経過はとても読み応えがありました。
なんでも「言葉」にする西洋的なマインドとは異なる日本人にとって、「箱庭」をつくることは、こころの内面を表し、それを自身で見つめることによって自身のこころを立て直していくことに繋がる、というのが河合先生の意図されたことでした。

中井先生は画用紙に絵を描いてもらうことによって、クライエントのこころを感じ取ろうとする「色彩分割」「なぐり描き」「風景構成法」などを発展されました。
一人のクライエントとのセッションにかかる時間は約1時間ほど。
症状を訊いて薬を出すだけではない介入には、とても時間がかかります。

私自身がもっとも興味を持って読んだのは、本書の終わりの方に書かれた「だんだん<こころの病>のありかたが変わってきた」という部分でした。
例えば、「対人恐怖症」や「赤面症」に悩む人は減っています。
これは、「対人恐怖」が困るなら「引きこもればいい」という対応が昔よりも容易になったことによります。
「産業革命によって統合失調症(精神分裂病)が増えたという考え方があるそうです。
第一次産業を主体とした社会では「社会性」の必要度は低かったし、幻覚や幻聴のある人が「シャーマン」的な役割を果たしたかもしれません。
自閉症が増えたことにも、社会構造が変化したから、という解釈があります。
また、甲南大学のカウンセリングセンターに勤務する高石恭子氏の話によれば、最近は「もやもやしている」という言い方に象徴されるような、自分の感情が「怒りなのか悲しみなのか嫉妬なのか」分化していない相談が多いそうです。
このようにこころのあり方が自分にも見えていないと、言語によるカウンセリングだけでなく、箱庭療法さえもやりにくい、ということも書かれていました。

さまざまな社会的要因がいわゆる精神疾患の発症に影響することは大いに考えられます。
ただ、私自身は例えば自閉症が社会の構造が変化したことのみで生じているとは思っていません。
下のグラフは2011年にNature誌に掲載された記事から取りました。
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左のグラフは、1975年から2009年までの時点で自閉症と診断される方が5000人に1名だったのが、110人に1名に急増していることを示しています。
最近では88人に1名という報告もあります。
右の円グラフはその理由について考察したものであり、約25%は「診断基準が変わった」ことによるとされています。
つまり、それまで「精神遅滞」と診断されていた方が「自閉症」と分類される、というようなケースがこれに相当するでしょう。
その次に15%とされているのは、社会における認知度が上がったという理由です。
「自閉症」という言葉が人びとの間に知られるようになったことによって、例えば小学校の先生が「お子さんは<自閉症>の疑いがありますので、専門家に診断してもらってはどうでしょうか?」などと保護者に伝えるなどがります。
その次に10%の要素として上げられている「両親の年齢」に私は着目しています。
それは、これらの要素の中で唯一「生物学的要因」が含まれるからです(後述)。
4%として上げられている「social clustering」というのは、例えば、ハリウッドには良い自閉症の専門医やセラピストがいる、ということが広まって、自閉症の子どもを持った家族が、ではハリウッドに引っ越そうとなって、その地域の自閉症のお子さんの数・割合が増える、という場合です。
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案外、みなさんご存じないことなのですが、自閉症の発症と「父親の年齢」の間には、高い相関があります。
右図は、若い父親における自閉症発症率を1とした場合に、例えば50歳異常の父親ではその割合が9倍以上に上がると見積もられることを示しています。
この30年の間に、結婚年齢が遅くなったこと、また1978年から始まった生殖補助医療としての体外受精(IVF)も、結果として、女性が子どもを持つ年齢のみならず、その配偶者である父親の年齢も高齢化することになります。

上記の円グラフでは、46%が原因不明となっていて、他にも生物学的な要因があるのかもしれません。
基礎医学者という立場からは、そのような生物学的要因を明らかにすることにより、自閉症の子どもの早期発見、早期介入に役立つことができたらと考えています。

『セラピスト』の中には、箱庭療法を通じてコミュニケーション力を付けていったお子さんの事例が取り上げられていました。
「自閉症」と診断される子どもでも、その症状は様々であることを、私自身、発達障害の外来見学を1年ほどさせて頂いたときに実感しました。
一人ひとり、違った「自閉症」のあり方をとるのであれば、その治療・介入の仕方もパーソナルなものでないといけないのでしょう。
他のこころの病の場合も同様です。
そのためには、現状よりも多くのセラピストが現代の社会に必要なのだと思います。
また、生徒や学生の育ちに関わる教師・教員という立場の方には、セラピストとしての素養がより求められるような時代なのかもしれません。

【関連リンク】
HONZの仲野徹先生@阪大による愛あふれた書評♫
拙ブログの最相葉月さん著書関連:

『ビヨンド・エジソン』にみる12人のロール・モデル【加筆しました】 


Commented by 大学院生 at 2014-03-16 15:43 x
大隅先生 海外出張ご苦労様です。STAP細胞は捏造の可能性が高くなり日本では今大問題になっています。当初 理研は言い逃れを試みていましたが、大隅先生の声明をきっかけに、流れが180度変わりました。 論文捏造では東北大学でも大きなものが2件あったと記憶しています。前総長井上氏?の問題はSTAP細胞のケースと酷似しているように思います。前総長井上氏?問題も科学倫理と公的資金の観点から鋭い告発なり声明を期待しています。 そうでないと若年女性いじめ(小保方さん)となり、公平でなく、また「大学私物化助長」につながるのではないでしょうか。
by osumi1128 | 2014-02-15 08:50 | 書評 | Comments(1)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
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