STAP細胞顛末

ワシントンDC入りしました。
予想に反して昼間の気温が10℃より高いようです。

11jigenさんの検証によりSTAP細胞に関するNature Articleの図に、筆頭著者の博士論文からの図がスキャンしてコピペされていたことがわかり、共著者である山梨大学の若山先生から「確証が持てなくなった」というコメントが出されました。
STAP細胞の論文の問題について

山梨大からの発表によれば、手元にあるSTAP幹細胞を第三者の手に委ねて検証してもらう、とされています。

そもそもSTAP細胞が誘導できたのか、という問題とともに、私自身は今回のNature論文が出たときにもっとも「面白い!」と思った以下の点が気になります。
それは、「ES細胞は胚盤胞注入実験により胎盤組織にならないが、STAP細胞は「53%」の個体において胎盤組織に「10%程度」なった」という点です。
これは、ES細胞よりもSTAP化すると、さらに発生を遡ってリプログラミングしたことになるので、発生生物学的観点からはとても大事(おおごと)なのです。

ただ、11jigennさんのさらなる検証によれば、その博士論文の中にも多量の盗用があるようなので、そうなってくると何を信じてよいのやら……。

例えば、上記の実験を「捏造」するのであれば、以下のようなやり方が考えられると思います。
最終的に見せたいのは「胎盤に緑色に光っている細胞がいる」ことなので、胚盤胞の発生段階の胚を全身GFPで光るマウスから作って、それをバラバラにして若山先生に渡して注入実験を行った場合、若山先生にはそれがSTAP細胞か、Fgf4-induced stem cellsなのかはわかりません。
実際、論文には「Fgf4-induced stem cells」は「cag-GFP-labeled(全身光る)」とされているので、遺伝子の解析をしても区別は付かないでしょう。

唯一可能なのは、実際の実験ノート(もしあれば)や、動物実験施設における記録(誰が出入りしたのか、どのような種類のマウスがその実験のときに飼育されたり交配されたりしていたのか)を調べることだと思います。
STAP細胞であれば、生後すぐのマウスの脾臓の細胞をもとに作られているはずですから、cag-GFPマウスを交配して数日目の胚を得る、というようなことはしていないはずです。
……でも、これも動物施設ではなくて、通常の研究室内で交配などしていたらわからないかもしれません。


今回の事件では、私も多くのことを学びました。
最初のブログ記事の時点では、まさか捏造が含まれているなど思いもよらなかったので、今、読み返すとかなりイタいですが、自戒を込めてあえて取り下げないことに決めました。
(借用した画像は後で外しておきましょう)

若山先生は、世界で初めて「体細胞核移植によるクローンマウス」を作製された方で、それは「クローン羊」のドリーが生まれてから2年後のことです。
実際には、クローンマウスを作ろうとしたのは若山先生だけではなく、皆さん成功しなかったのですが、1981年に「成功した!」という捏造論文が出ています。

イルメンゼー事件~幻に消えたクローン成功~


この論文の元になっているのは、1958年のカエルでの核移植です。
そう、ジョン・ガードン先生が行って、ノーベル賞受賞に繋がった実験です。
(ノーベル賞受賞対象は、オタマジャクシの細胞の核を移植した1962年の論文ですが)
「カエルでできるなら、哺乳類でもできないか? できたら畜産などには役立つし……」ということでトライした研究者は1958年以降、世界中に多数いたはずです。
でも、20年経った1981年の時点でもダメで、1998年、つまりカエルの実験から40年経って初めて若山先生がマウスで成功したという、長い長い歴史があります。

ちなみに、このイルメンゼー博士は、他にも捏造論文を出したことを間接的に聞いたことがあります。
in vitro(実際には培養皿)で卵子と精子を受精させて、それを形がはっきりするくらいの胚(マウスなら10日目くらいでしょうか)にまで発生させた」というのですが、これも実際には発生6〜7日目くらいに起きる「着床」というイベントが無いと哺乳類の発生は進まないことが現在では定説となっています。

私がSTAP細胞で面白いと思ったもう一つのポイントは、「生体内でも何らかのストレス等により細胞が若返る(リプログラムされる)ことがあるのだろうか?」という点でした。
そういう細胞が「癌の芽(cancer stem cells)」になるのではないか、という妄想が湧きます。
この点については、私自身はポジティブに考えています。
Cell Reprogramという名前の雑誌も刊行されているくらい、研究人口は多い分野で、Cell誌の2月号にはこんな論文も出ました。

Nonstochastic Reprogramming from a Privileged Somatic Cell State


ですので、STAP細胞問題は、1年で再現性がどうこう、ということではなく、もっと長い目で見るべきなのではないかと思います。

ただし、それと研究不正の問題はまったく別のことです。
科学には愛と誇りをもって臨みたいものです。

科学への愛と誇り(このタイトルは、東北大学の『研究者の作法ー科学への愛と誇りをもってー』という冊子のタイトルから取っています)


by osumi1128 | 2014-03-12 04:18 | サイエンス

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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