小保方氏会見から得られたもの

仙台の桜はこの週末が見頃のようです。
行きがかり上、STAP細胞関連情報をwatchしているため、好きな本を読む時間が取れません……。
一日は誰にも平等に24時間しかないので、何かに時間を費やそうと思ったら、他に削れる時間から取ってくるしかない。
さらに物欲も低下しており、季節が変わってもお買い物に出る気も湧いてこないです。

さて、今週水曜日に小保方氏の会見があり、NHKの昼の中継は(この時間帯としては異様の)9%もの視聴率。
私は夜9時のニュースを見ましたが、番組トップで20分近く扱われていましたが、山中さんがノーベル賞を受賞したときよりも、トータルの扱いは大きいのではないでしょうか。
さらに、見そこねましたがクローズアップ現代でも扱われたようですし、もはや「科学技術」枠ではないということがよくわかります。
会見全体は、毎日新聞のweb記事などを読みましたが、その上でもはやニコニコ動画で記者会見全体を見る気にはなりませんでした(その理由は、この後について記します)。

火曜日、水曜日と研究室にメディア各社から電話がかかり、「1時からの記者会見後にコメントを頂けないでしょうか?」というのですが、「(就業時間内に行われる)記者会見をリアルタイムに見ることはできませんし、よく吟味した上でなければ、個別の案件についてのコメントは差し控えたいと思います」という返答をしました。
会議で席を外している間に秘書さんが電話を取って対応したもので、その後、かかってこないものは、まぁ、そういう扱いということですね。

これまで一連の取材のご依頼で不思議だなぁ、と思うのは、記者さんたちはなぜ「コメントを!」というのでしょう?
私自身は、自分の意見をこのような拙ブログにも書いて公開しているので、そのコメントを「引用」して頂くことは、どのような扱いになるのであれ、拒否はできないことです。
一方、電話等で「私はこれこれのように思いました」というコメントを残したとして、それが実際にどのような活字になって新聞・週刊誌等に載るのか、録音されたインタビューのどの部分が切り取られてTV放映に使われるのか、こちらがコントロールできないことが不安です。
ですので、メディア取材としては別エントリーにするような、きちんと記事を校正させて頂けるようなもの、個別案件ではないものには対応しますが、「夕方のニュースに合わせて」とか、前日に「明日の朝にご出演を!」などの要望は、他の方に当たって頂いた方が良いですね。

……で、本題ですが、記者会見そのもので、今回のNature論文2本についての疑惑は何ら解消しませんでした。
というか、この記者会見は研究者に対して行ったものではないので、まぁ、仕方ないのでしょう。
「STAP細胞はあります!」といくら口で言ったとしても、科学の世界では「証明してナンボ」なのです。
「200回作りました!」というのであれば、その記録を見せてほしいと思います。
もし、マウスの膵臓から細胞を取り出して200回STAP細胞実験をしたのであれば、成功率100%だとして、それは、理化学研究所発生再生センター(CDB)に小保方ユニットリーダー用の200匹のマウスが折々に何匹かずつ購入され、実験に使われたことを意味します(成功率が100%でなければ、もっと多量のマウスが必要です)。
ということは、その記録はCDBの方に、消耗品伝票(マウスの購入代)や動物棟への搬入・搬出記録(もしいったん動物棟に入れたのであれば)として残るはずです。
200回作ったSTAP細胞が、どのような多様性検証実験に使われたのか、その内容と、その実験に使用された試薬を突き合わせることもできるでしょう。
そのような物的証拠と突き合わせば、「200回作りました!」というのが、ざっくりと「たくさん作ったことがあります!」という程度の意味だったのかわかると思います。
ちなみに、今朝の朝日の報道では、STAP幹細胞を作った研究者の認識(雄マウスから作った)と、つくられたSTAP細胞(といわれるもの)が雌由来であるという遺伝子型検査結果との間に齟齬がある、となっています。こういう報道を積み重ねてほしいですね。
記者発表を受けての報道の過熱ぶりも、少し引いた目で眺めています(あまりに多いので、ここでご紹介する気も失せました)。
すでに種々指摘されていますが、我々のような科学者・研究者側の受け止め方は、「小保方さん、かわいそう。きっとSTAP細胞はあるんだよね。頑張って!」的な感想を持たれる方とは、世界をどのように理解するのかが違うのだと改めて認識しました。
科学の世界では、誠意を持って、その時点で可能な限りの厳密さで証拠を積み上げていきます。
今回のような論文は、「仮説を提示する」タイプの論文ではないので、証拠となるデータがどれだけきちんとしているかは、とても重要なことなのです。
そのあたりの科学者の「厳密さ」というのが、一般の方には理解しにくいことなのかもしれませんね。

あるいは、11jigenさんのところのようなvoluntaryな論文不正検証サイトが、「ネット上の情報」として、むしろTVや紙面よりも、匿名であることもあり、もしかしたら信頼度の低い情報ソース、とみなされているのではないかと思いました。
生命科学の研究者であれば、上記サイトの情報は十分に疑義を感じる証拠を出しているのですが(そのすべてが正しいかどうか、私が保証するものではありませんが)、同じ科学者であっても他の分野の方には「どれほど信じたらよいのだろう? 見てもよくわからないし……」というものとして、見て頂けていないのではないでしょうか?
これは大変残念なことです。
ぜひ、どなたかが、さらにこれらの情報をわかりやすくまとめるなどの工夫が必要かもしれません。
科学コミュニケーターの方などのボランティア精神に期待したいところです。

さて、来週はいよいよ笹井氏の会見があるようです。
ここで、一言、「STAP現象はある」ということが論点になるかもしれないので説明を。
これは「STAP細胞がある」という意味ではありません。

本来STAPというのは「stimulus-triggered acquisition of pluripotency」という、日本語なら「刺激惹起性多能性獲得」という意味でした。
おそらく笹井氏が主張したいのは、「生体内でなんらかの刺激によって多能性が獲得される現象」自体はあるのではないか? ということではないかと思います。
それは「仮説」なので、仮説を信じることは勝手なのですが、問題は、仮説を「証明した」とされる論文に、ほんとうに多数の疑義がある段階では、いったん論文は撤回して出直すべきであることや、論文には「実験に関わった」というオーサシップがあるので、実際にはどのような実験を行ったのか、もし「未熟な」小保方ユニットリーダーが主導して実験をしたのだとすると、どのような観点からユニットリーダーに抜擢されたのか、これまでに名前が挙げられていない著者らはどのような立場で関わったのか、というところにあると思います。
Contributions (Nature Article)
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., T.W. and Y.S. performed experiments, and K.K. assisted with H.O.’s transplantation experiments. H.O., T.W., Y.S., H.N. and C.A.V. designed the project. M.P.V. and M.Y. helped with the design and evaluation of the project.
Contributions (Nature Letter)
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., Y.S., M.K., M.A., N.T., S.Y. and T.W. performed experiments, and M.T. and Y.T. assisted with H.O.’s experiments. H.O., Y.S., H.N., C.A.V. and T.W. designed the project.




by osumi1128 | 2014-04-12 09:52 | サイエンス

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