黙祷

このたびの笹井芳樹博士の訃報に際して、発生生物学分野で研究を行ってきた研究者の一人として、心よりお悔やみ申し上げます。

10数年前の早春の頃、笹井博士よりも数歳年上の、やはり京都大学から輩出された逸材の生命科学研究者が自らの命を断ちました。確か、笹井博士はその追悼のための会の1つを開催されたはずです。

世界の生命科学界が失ったものが大きいことは、この2日の間に国内外含め多数の文書やコメントが発出されていますので、そこに加えることは何もありません。強いて言うなら、拙著の中の神経誘導という項目の中でもコーディンの発見者として研究成果を取り上げていました。

後に残された方々の気持ちを思い計ってもなお上回る念慮というものは、私の理解をはるかに超えている部分もあるでしょう。授かった命を全うするのに、他人と比較するべきではありません。遺書にどのような言葉が書かれていたのか明らかではない時点で、笹井博士が何を目的として自死を選択したのか、本当のところはわかりませんが、命よりも大事なことは何も無いはずです。自分の命はまた誰かの為でもあるのですから。

なぜ自らの命を断つという選択をしたのか。このようなことが起きた背景について分析し、問題を取り除く努力を続ける必要があると思います。生命科学の商業化・産業化、過当競争、教育の質保証、問題は多岐にわたり交絡しています。犯人探しや責任のなすりあいをするのではなく、どうすればこのような悲劇を防げるのか、科学者コミュニティーの構成員が自分の問題として現実に目を向ける必要があります。

そして、理化学研究所の皆様、とくに神戸の発生・再生科学総合研究センターの皆様、くれぐれも労りあい、気持ちを強く持って良いサイエンスを続けて下さい。世界は応援しています。

笹井博士のご冥福を祈って。

*****
【追記(8月21日)】
本ブログは私が所属する組織の意見を代表するものではありませんが、自分の備忘録として、日本分子生物学会のHPに理事長メッセージをアップしたことを記しておきます。
理事長メッセージ(2014年晩夏):ロイヤル・ソサエティに学ぶ科学と社会のあり方

なお、某TV番組に関して、この学会が深く関わったのではないか、というような憶測が寄せられているようですが、学会がTV局に取材の誘致をしたり、出演者をアレンジしたことは一切ありません。

加えて、東大の件については学会はすでに扱って来ました。上記にも記しておりますが、該当リンク先は以下になります。


Commented by 学部卒会社員 at 2014-08-10 12:01 x
笹井先生の自殺で日本分子生物学会に批判の矛先が向けられているかもしれませんが、気になさらないで下さい。
貴会の声明は当然の行いと考えています。
明らかな捏造疑惑に何ら回答しない対応は、社会に対して税金の使途に回答しない対応と同様に問題と考えています。
日本版ORI設置等今後の役割を期待しています。
Commented by 科学的追及 at 2014-08-11 10:06 x
マスコミや理研による疑惑調査は時に鋭いですが、利権と情と論理が混在していているので、科学的追及が不足し、そのために混乱を招いている感じがします。
科学的に何が間違っていたのか、科学者の皆さまが本腰を入れて疑惑解明に取り組まれることを切に望みます。
よその事象の疑惑解明にエネルギーを使うことは、科学者皆様のご自身の研究進展の遅延にも繋がるかもしれませんが、日本の分子生物学界の信用を揺るがす問題ですので、科学者による科学の為の、科学的疑惑解明に尽力なさってください。
Commented by tera at 2014-08-11 21:09 x
今になってみれば、とにかく早く理研を辞任して、私立大学などに移り、自らピペットを持って出直す姿を何としても見たかったと思います。そうすれば数年せずとも部下もでき予算もついただろうと思うと、何としても悔やまれます。
by osumi1128 | 2014-08-07 07:37 | 雑感 | Comments(3)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
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