STAP現象の検証実験

昨日付けで理化学研究所から「STAP現象の検証の中間報告について」公表されました。記者会見は、これまでの一連の発表と同様に動画配信されたようですが、即日のうちにテープ起こしがメディアに公表されてはいないことから、いっときよりも社会の関心は冷めたように思われます。

私自身は動画は見ていませんが、発表されたスライド資料から、どのような結果であったのかは十分理解できました。多くの科学者が予測したであろうことですが、1月末に発表されたNature論文(←すでに取り下げ済み)のプロトコル(実験の手順)に従って、生後5〜10日のマウス脾臓から得られた細胞をpH5.7程度の酸で25分間処理した細胞を培養した場合、22回の実験のうち半数程度に細胞塊が出現したものの(おそらく、死にかけの細胞が塊をつくったのではないかと想像します)、仕込んであった多能性細胞のマーカー遺伝子(Oct3/4-GFP)の発現誘導は認められなかったということです。
STAP現象の検証実験_d0028322_22312250.jpg

もっとも重要なデータの図を上に引用しておきます。この図では、酸処理による自家蛍光かどうかも見極めるために、異なる2種の蛍光フィルターを用いた結果が提示されており、一見、緑色に光って見えるものは、実は赤い方のフィルターでも認められるので、細胞が初期化して生じたGFPの蛍光ではないことがきちんと示されています。
(ちなみに、このようなPPT資料は、研究室内の進捗状況報告の参考になりますね)

また、生データは示されていませんが、内在性のOct3/4遺伝子の発現上昇も認められなかったとのことです。

今後は、臓器特異的な遺伝子発現を示すマウスを用いて、心臓および肝臓の細胞を元にして厳密に細胞の由来を追求しつつ、同様のプロトコルでの初期化誘導が認められるかどうかについて検討するとのことです。そもそも、脾臓の細胞よりも元論文ではSTAP化しやすいということを示す図がありますので。また、誘導方法も、毛細管通過刺激や、ストレプトリジン処理なども行うとのことでした。
(これもまた、ラボ内プログレス発表のようですね……)

しかしながら、これらはすでにもともとのSTAP細胞なるものの誘導方法ではないのですから、まったく別の実験を行っていると考えるべきと思われます。そういう意味で、「STAP<現象>検証実験」という扱いになっているのでしょう。

さて、以上が現時点において丹羽博士らのグループが行った実験結果です。Nature論文で示された方法で「STAP細胞」を誘導することができなかった、つまり再現性が得られなかった、ということであり、これは論文発表直後から、世界中の何箇所かで繰り返されたことでした。今後については以下のように発表されています。

今後は、11 月末迄の期間に限って小保方氏の参画を得て、同氏による手技を第三者により確認する。また、今回の実験で用いた系統とは異なる系統のマウス、脾臓以外の臓器からの細胞を用いて、論文等に記載された各種処理による完全に分化した細胞(終末分化細胞)からの多能性細胞誘導現象の有無について3 月末迄を目処に確認する。


さて、この「小保方氏の参画」については、理化学研究所から6月30日の時点で公表され、それを受けて日本分子生物学会からのは、論文の疑義についての調査が先であり、本人が検証実験に参画することには問題がある、という趣旨の理事長声明を発出しました。

この点に関して、小保方氏の実験参画は「権利」として認められている、ということをご指摘頂きました。根拠となっているのは、文部科学省の研究不正に関するガイドライン(平成18年8月8日付)です。以下、該当箇所を転記します。
4 告発等に係る事案の調査
2告発等に対する調査体制・方法
(2)本調査
3.調査方法・権限
ア)本調査は、指摘された当該研究に係る論文や実験・観察ノート、生データ等の各種資料の精査や、関係者のヒアリング、再実験の要請などにより行われる。この際、被告発者の弁明の聴取が行われなければならない。
イ)被告発者が調査委員会から再実験などにより再現性を示すことを求められた場合、あるいは自らの意思によりそれを申し出た場合は、それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。ただし、被告発者により同じ内容の申し出が繰り返して行われた場合において、それが当該事案の引き延ばしを主な目的とすると、調査委員会が判断するときは、当該申し出を認めないことができる。
ウ)上記ア、イに関して、調査機関は調査委員会の調査権限について定め、関係者に周知する。この調査権限に基づく調査委員会の調査に対し、告発者及び被告発者などの関係者は誠実に協力しなければならない。また、調査機関以外の機関において調査がなされる場合、調査機関は当該機関に協力を要請する。協力を要請された機関は誠実に協力しなければならない。


この「被告発者」が「自らの意志により」「再実験などにより再現性を示すこと」を「申し出た場合」は、「それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。」ということになっているのです。

ちなみに、6月30日付の理研からの発表には「本人が申し出た」とも、上記のような根拠があるとも書かれていませんでした。
STAP現象の検証実験を行うことについては、様々な見解がありますが、科学的事実を明らかにするたに、小保方研究ユニットリーダーを相澤慎一実験総括責任者及び丹羽仁史研究実施責任者の指揮監督のもと、実験に参画させることとします。期間は、平成26年7月1日から平成26年11月30日までを予定しています。


したがって、本人参加の実験には正当性があり、11月末までそれを見守るしかないということのようです。

近畿大学医学部病理学講師の榎木英介氏は、直近で、次のような2つのブログを書いています。
STAP細胞があろうがなかろうが(8/27付ブログ)
「再現実験」は国民の期待を鎮める儀式(8/28付ブログ)

とくに前者の記事は、科学の世界における「真実」を事件の「真犯人」に置き換えて、「真犯人はこの人だ!」と言うためには、科学者がありとあらゆる証拠を提出しなければ「黒」とは言えない、という説明をしています。検挙したつもりであっても、真犯人でなければ、やがて葬り去られるのが科学の世界の掟です。

****
【追記】
文科省ガイドラインがこのたび8月26日付で正式に決定となりました。
研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン(PDF)

【さらに追記】
2014年12月19日付で、STAP細胞の検証実験は不成功に終わったことが報告されました。
2014年12月26日付で「STAP細胞」とされたものは「ES細胞」であったことが調査委員会により報告されました。

by osumi1128 | 2014-08-28 22:47 | サイエンス

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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