先週は日本神経科学大会が横浜で開催され、3年ぶりのパシフィコ横浜で懐かしく思いました。前回は大会主催者だったので、いろいろな意味で感慨深いものがありました。
iPS細胞の作製技術が報告されたときに、移植用の細胞としてよりも先に応用されるだろうと思われていた薬の開発への応用ですが、案外、その実例は少なかったらしく、今回、軟骨無形成症という難病の治療薬発見への報告が論文発表されました。患者さんの皮膚の細胞を元にしてiPS細胞を作製すると、例えばその患者さんの持つ遺伝子変異などが、そのまま残された細胞ができます。その細胞を利用して、細胞レベルで治せる薬をまずスクリーニングすれば良い、という戦略です。この論文では、Fgf3受容体の欠損マウスをモデルとして、個体レベルでのスタチンの治療効果についても確認しています。
(上記画像は下記の読売onlineから転載させて頂いています)
つまり、従来であれば、
患者さんの遺伝子解析→原因遺伝子の遺伝子改変マウス→病態モデルとしての確立→創薬の分子標的探索→効果のある薬物のスクリーニング→培養細胞での効果確認→病態モデルへの投与→効果のある薬物のスクリーニング
という順序であったところを
患者さんの皮膚の細胞→iPS細胞→培養細胞レベルでの病態再現→効果のある薬物のスクリーニング
という風にハイウェイ化できる、というわけです。
もちろん、すべての病気がこのようなやり方で薬の開発に進める訳ではありません。例えば、精神疾患や精神発達障害などは細胞レベルでの病態の再現や薬物の有効性確認が難しいことが予想されます。
論文発表に合わせて、クローズアップ現代でも報道されました。この番組では、さらに治療薬開発に関して、患者の病態を分類する上でも、iPS細胞を作製することが役立つことを紹介していました。例えば、アルツハイマー病ではアミロイドβというタンパク質がニューロンの中に蓄積すると信じられていましたが、患者からのiPS細胞をニューロンに分化させて調べてみると、アミロイドβがニューロン内に蓄積するタイプ、ニューロンの外に蓄積するタイプ、蓄積しないタイプに分かれることがわかりました。つまり、アミロイドβがニューロンに蓄積することが病態であると信じていて、それに効くと思われる薬物を開発しても、ニューロンの外に蓄積するタイプや蓄積しないタイプの患者には効果が無いかもしれません。効果がありそうな患者を集めて治験を行えば、より薬効を確認することが容易になり、薬の開発までの時間とコストが激減します。
したがって、時代は確実に、個別化医療、個別化治療の方向に向かっているといえます。そのためには、一人ひとりのゲノム情報の理解がますます重要になっていると思われます。
東北大学ではこのようなゲノム医学研究を進めているところです。
この発表でちょっと嬉しかったのは、軟骨異形成症の治療に有効だったのが、実は、コレステロールを下げる薬として頻用されている「スタチン」だったこと。スタチンは、東北大学農学部出身の遠藤章先生が1973年に開発された薬物です(画像はWikipediaより転載)。実は、前世紀末から、スタチンが、骨が脆くなる「骨粗しょう症」に効果があるという報告が為されていたことから、今回の軟骨異形成症にも効くのではないかと考えられたということです。
ただし、番組でも指摘されていましたが、骨粗しょう症は閉経後の女性に多い病気ですし、一般的にスタチンが使われるのは、いわゆる成人病としての高コレステロール血症です。軟骨異形成症の子どもへの投与に関しては、いくつかのハードルがあると思われます。ともあれ、もうすぐノーベル賞発表のシーズンということでもあり、仙台からの期待が高まりますね。