Donation

こちらに来て夜の12時には眠くなるのだが、2時間ごとに目が覚める日が続いている。
朝の6時くらいから起き出してメールをチェック。
ちょうど日本は夜中の11時。
大学のサーバからコピーをAOLに転送していて、それをSafariでインターネット経由で落としている。
転送にともなって文字化けや、添付書類が開けないなどのトラブルもあるが、一番面倒なのは、メールを送信するたびにSafariが閉じてしまうことだ。
これはそうでない場合もあり、どういう条件が重なるとダウンするのか、未だに不明。
今のバージョンのInternet Explorerではサポートされていないので仕方ない。

さて、朝はコーヒーだけで9時から半導体のセッションを聞く。
ムーアの法則によればメモリは18ヶ月ごとに倍加するのだが、なぜかそれが「目標」に転換しているのが不思議だ。
でもそうするとコンピュータは2年おきには買い換えるべきということになるが、とりあえず普通の仕事に差し支えないくらいの処理速度にはなっているのだから、そろそろ飽和状態なのだろう。
強いて言えば、むしろブロードバンドといってもまだまだダウンロードに時間がかかるから、そちらの問題が解決してくれないと、コンピュータ本体だけ性能が良くなっても駄目だと思う。

コーヒーブレイクのときにマフィンに手を出して半分くらい食べたら、ランチには何も食べたくない状態になってしまって失敗した。
もっとも、美味しそうなものが並んでいたからではなく(今日はセルフサンドウィッチとしてパン3種、レタス、ハム、チーズ、付け合わせのパスタサラダ、ツナサラダといったところ)、マフィンよりは健康的なものを食べるべきだったと思っただけだが。

その後、HITACHI Global Storage Technologyの会社の紹介があり、さらに食後のウォーキングを兼ねて違う建物まで歩いてHITACHIと買収されたIBMの製品を見学。
70年代の大きなディスクなどは、ああ、そういう時代もあったなと、この数十年の変化の大きさにヒトは付いて行っているのかと考える。

私はどうも、こういうだらだらとした時間を過ごすと非常に調子が悪い。
子年だからちょこまか動き回っているのか、はてまたマグロのように泳いでいないと死んでしまうのか。
家にいるときやオフは別として、お仕事モードなのにすることがないとかえって疲れる。

その後、バスで30分くらいのところにあるコンピュータ博物館を見学。
ここは「古代」の算盤やら計算尺から電卓、タイプライター、そして巨大な昔のコンピュータ、パソコンとさまざまな製品が陳列されていた。
コンピュータに造詣の深い方たちは唸っていたが、私には感動が今ひとつ。
あまり美しいデザインのものがなかったからだと思う。
Macintoshの初期のものは懐かしかった。

ディナーはその博物館のロビーのようなところにテーブルと椅子を置いて、ケータリングサービスでお料理を出す形式だった。
隣に座ったのがHITACHIに務めている上海出身の若い男性で、彼に「どうやって就職を決めたの?」と訊いてみた。
「大学を卒業してから数社インターンシップをしてみて、小さな会社とどちらにしようかと思ったのだけど、最初は大きな会社でいろいろ勉強してみたいと思った」とのこと。
かねがね思っていることの一つに、日本では四年制の大学を卒業してダイレクトに就職したいと思う場合に、3年生のうちに就職活動をする、マスターだったらM1は就職活動に充てられる、これはおかしいと思う。
大学には育てる責任があり、授業料が支払われているのだから、中途半端な時期に就職活動すべきではない。
すべてのことにおいてそうなのだが、日本は責任回避をする仕組みを作り上げている。
大学は「企業がこんな早い時期に就職活動をさせるから、まともに教育できない」と言い、企業は「大学では役に立つことを教えていない」と言う。
あるいは、皆が就職活動してるから自分もそうしたのだけど、よく分からないうちに就職してしまって、自分には向いていなかったように感じる、といって数ヶ月で辞める。
そういうことを一斉に変えることは可能だろうか?

もうひとつ、今朝のUSA Todayから。
インターネットショップの草分けeBayの創立者Pierre Omidyarがタフツ大学に1億ドル寄付したとの記事があった。
とくに、インドやバングラデシュなど経済的に貧しい国で貧困から脱出したいという学生のための少額のローンに充てるらしい。
曰く、Microsoft, Google, Amazonなどの起業家たちは、政府に頼らず自分たちの力で社会を変えようという試みをしている。
もちろんこれまでにも、私が知るライフサイエンス系だけでもHoward HughesやらGordon Conferenceやら、さまざまな形で富める人たちが巨額の寄付を社会的な活動に充ててきた。
球団やらテレビ局やらの買収にばかりお金を使うのは、日本にdonationの風土がないためか、徳の足りなさか。
あるいは、研究にお金を出しても意味があると考えられないと思われているのか・・・
by osumi1128 | 2005-11-05 14:36

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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