さまざまなアウトリーチ活動

NPOサイエンス・コミュニケーション(サイコムジャパン)代表理事さんのSciCom NEWSに、「なぜ、研究者はアウトリーチ活動にブログを使わないのか」という問題提起がなされました。
それについての私見を述べたいと思います。

アウトリーチ活動にはさまざまなレベル、やり方があると思います。

たまたま現在、ワシントンDCで開かれている北米神経科学学会というところに来ていますが、この学会では例えばBrain Factsという64頁ほどの冊子を市民向けに作成して配布しています。
学会のホームページからダウンロードできます<英語です>)
最新の知見について、綺麗なイラスト付き、用語解説付きです。
学会期間中のプログラムのPublic Education & Outreachとしては、Strengthen Neuroscientist-Teacher Partnership Nationwide、History and Teaching of Neuroscience Poster Sessionなどが挙がっており、またScience Educator Awardを出し、さらに過去の受賞者によるNeuroscience Education ResourcesのCD-ROMを配布しています。
(こうした努力による、いわば裾野の拡大が、アメリカの神経科学を支えているのだということがよく分かります。)
日本でもいろいろな学会で、「市民公開講座」や「子供向け講演会」などを開催していますが、講演者によっては、普段、研究者相手にしか話をしていないために慣れておらず、独りよがりになってしまうこともあります。
「インタープリター」的な人材が今後、それぞれの研究分野で育っていけば、そういう方にお話をして頂くとか、コーディネーターになって頂くのが良いかもしれません。

上記は学会レベルですが、研究費レベルというか、研究プロジェクトレベルもあります。
手元に資料がないのですが、以前米国でゲノム研究が大々的に行われたときには、NIHからのその総予算の約5%をアウトリーチに充てるように、という取り決めがあったということを聞いています。
アメリカの生命科学関係予算は、冷戦終結で軍事予算からのシフトによって大幅に増額されたのですが、その場合の根拠になるべく、「何故ゲノム研究が大事か」ということを一生懸命啓蒙したのだと思います。
日本のFunding Agenciesも最近はこの点をとても気にしており、中間評価、事後評価で必ず「アウトリーチ活動としてどのようなことをしたか?」が問われています。
ただし、「市民公開講座を行いました」(→一方的)、「新聞発表を行いました」(→小さな記事ではきちんとした内容が伝わらない)、ホームページを作成しました(→中身が伴っていない)、などの問題がまだまだあると思われます。
今後是非、日本独特の研究費システムである「特定領域」などの班研究に際しては、きちんとしたアウトリーチ活動を行うべきであると考えられます。

個人レベルのアウトリーチとしては、上記と重なりますが、「市民公開講座」等での講演を行う、「新聞発表を行う」などがあるのですが、「ブログの活用」はまだまだだと思います。
リンク先にPDFファイルを置いておくなどによって、既存のブログのシステムを利用することは十分可能だと思われます。
動画などもリンクさせることができるでしょうから、「新聞発表」よりも効果的な発信ができると期待されます。
ここで大切な点は、「読者を意識した文章を書く」ということだと思います。
読者にとっては、日々更新されることが必要なのではなく、まとまった情報が分かりやすく整理されているべきでしょう。
したがって、それは「日記風」であるべきではないと思います。

自分のケースについて触れさせて頂くと、昨年度からの研究費の一部を使って、まず
プロジェクトのHPを立ち上げ、研究を紹介しています。
また、市民向けの読み物として、Brain & Mindというニュースレターを発行しています(冊子体として公開講座等で配布していますが、上のHPよりダウンロードも可能です)。
研究業績は定期的に更新し、PubMedにリンクを張っていますが、これではまだアウトリーチとしては不十分だと思っています。
研究者にとってはPubMedのリンクは便利ですが、専門用語も背景も分からない方にはAbstractを読んでも分かって頂けないと思います。
今後、プレス発表した研究成果などをHPに掲載することが必要だと思っています。

ただし、上記のような活動は決して簡単なことではありません。
研究プロジェクトのHPの立ち上げにはプロの手を借りました。
更新はプロジェクト雇用のポスドクの人に手伝ってもらっています。
ニュースレターも、原稿集めやおおまかな編集は自分で行っていますが、レイアウトなどはプロにお願いしました。
プレス発表用の原稿を用意するのも、少なくとも数時間はかかる仕事になります。
また、市民向けの講演の際には、分かりやすくて綺麗な模式図などをプロに注文しています(昔は自分でイラストレータで描いていましたが、さすがにもう時間と効果の比を考えると、任せた方が良いと判断しています)。

個人の研究者レベルでの「アウトリーチ的情報発信」で、もう一つ難しいのは、論文や特許における「初めての発表」であることとの兼ね合いだと思います。
そのため、私はこのブログでは研究の内容そのものは扱いません。

上記の「学会におけるアウトリーチ」のところにも書きましたが、今後、科学インタープリターのような方が、ご自分の活動を展開されるだけでなく、学会や研究プロジェクトとの連携もはかって頂けるようになればと願っています。
by osumi1128 | 2005-11-15 08:39

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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