研究不正のエビデンス

今月18日に第5期科学技術基本計画が閣議決定された。
科学技術分野への投資額として「2020年にGDPの1%」という目標が掲げられ、総理の言葉として「若手研究者が最大限、力を発揮できる環境を整備していく」と報道されている。科学技術政策に関連する問題として、2015年の最後の月に研究不正について振り返りたい。

2014年に生じた大きな研究不正問題は、広く国民まで巻き込んだ「事件」となった。当時、これはあくまで「はずれ値」であって、大多数の研究者は不正には関わっていないのだから問題ない、という意見や、再現性の無い論文はやがて淘汰されるのであるから目くじらを立てるほどのことはない、という見方もあったし、もっと多数の論文不正が関わる事例もある、という指摘もされた。(そもそも、種々の不正は研究業界だけに見られるものではなく、今年で言えばオリンピックのエンブレム問題や、マンション杭打ちデータ捏造なども報道されているが、ここでは触れない。)しかしながら、Retraction Watchというサイトによれば、リトラクト(撤回)された論文のワースト30のうちに、日本人研究者が責任者として関わっているものは5報もある(現時点)。あるいは、国別で言えば、米国、中国、ドイツについて第4位が日本である。

●Retraction Watchについての説明はこちらの白楽ロックビル先生のブログ参照

FangらのPNAS論文によれば、論文不正の増加は、世界的にはおよそ2000年頃からとみなすことができる。
研究不正のエビデンス_d0028322_22120922.jpg

この時期は、世界中(とくに米国、中国)において論文数が伸びた頃に一致しているが(下図参照)、単に数が増えたから比例して論文不正が増えたというよりも、論文総数に対する「割合」が3倍以上に増えているので(B図)、不正行為自体が増加したことを示していると考えられる。

我が国の論文数の伸びは、1980年代から2000年まで米国に比例して増加したが、その後、物理・化学・生物等の分野では、2004年頃をピークとして論文数は伸び悩んでいることは科学技術推進において大きな問題である。(豊田先生のつぼやきブログから拝借)
研究不正のエビデンス_d0028322_22122790.jpg

論文数が伸び悩んでいるにも関わらず、2004年以降にも論文不正が生じてきたのだとすれば、それは頻度が増加していることになるのではないか。したがって、健全な科学の営みを継続するためには、単に研究費をつぎ込めば良いということではなく、なぜ、どのようなときに不正が生じるのかについて深く考えて真摯に対応する必要があるといえる。

今年度から、それぞれの研究機関における研究の公正性に対する取り組みが本格的に始まっている。CITIなどe-leaningを利用した研究倫理講習などは最低限のことである。「どのような取り組みをすれば科学における研究不正を防ぐことに繋がる効果が高いのか」などについては、社会科学系の研究者にぜひ取り組んで頂きたい研究テーマである。過日、BMB2015という学会の研究不正関連セッションにおいて、全体討論のときにワシントン大学の鳥居啓子先生が紹介されていたが、米国ではグループごとに異なる指導をした後で、研究不正に対する意識がどのように異なるかなどを調べた研究にもとづいて、研究倫理に関するワークショップなどが行われているという。研究不正対応にもエビデンスが必要であろう。

【参考サイト】
上記PNAS論文をもとにした考察など、西川伸一先生による記事の1つ。考察として、「研究費予算額で個人のキャリアが決まる競争社会型のアメリカの制度に近いほど不正が増え、それに伴い撤回が増える」ことを指摘されている。

黒木登志夫先生のご著書が来年上梓される予定と聞いているが、それまでの間はこちらの『iPS細胞』(中公新書)の中に書かれた研究不正への考察を参照のこと。
上記書評について拙ブログ




by osumi1128 | 2015-12-20 12:21 | 科学技術政策

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