
ノンフィクション・ライターの最相葉月さんが、東京工業大学のいわゆる教養科目で、金曜日の朝1限、200名を超える学生相手に4ヶ月にわたって12名の研究者等を取り上げて「生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか」という講義された。そんな講義が身近であったら、是が非でも、もぐりで聴講したいが、幸い、その内容は書籍という形で読める。
『生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか』(最相葉月著、ポプラ社)で取り上げられたのは以下の方々(敬称略)。
最相葉月(兼ガイダンス)
下村脩:ノーベル化学賞受賞
山内一也*:感染症研究
マリー・キュリーと弟子・山田延男:物理学
佐々木玲仁*:原子核物理学から心理学へ
ウェクスラー家の人々:ハンチントン舞踏病研究のための民間活動
古澤満*:分子進化学
江坂遊*:システムエンジニア兼ショートショート作家
猿橋勝子:気象科学者
石田瑞穂*:地震学者
中井久夫:精神科医
柏野牧夫*:聴覚研究者
ジャニン・べニュス:バイオミメティクス研究者
*印を付けた方は、なんとゲストとして講義に登場。実に贅沢な科目である(溜息)。
とくに、物理学から転向して臨床心理士として仕事をされている佐々木玲仁氏や、システム開発のキャリアと作家業を両立されている江坂遊氏など、二足の草鞋というかデュアルキャリアというか、東北大学出身のノーベル賞受賞者である田中耕一さんの言葉によれば「π型人間」(軸足が二本ある)的な方が取り上げられていることは、これからますます発展しそうな融合的な分野に進みたい方にとって、良いモデルとなるだろう。
私自身の研究分野に近いのは古澤満先生。古澤先生には助手の頃にお目にかかっており、提唱されている「不均衡進化説」自体は折込み済み。でも、学生さんへのメッセージとして「自分がやりたいことが決まったら、それを常に頭の中に浮かべておくことが大事」というのが心に残った。天才なら何かを発見してやろうと思って考えてできるかもしれないが、「普通の人間は無理やりに、頭にいつも目標を描きながら生活するしかない」とのこと。科学者としては、どんなに雑事があろうとも「これを知りたい」という目標を頭の隅に置いておくのが良い。
一方、NTTコミュニケーション科学基礎研究所で聴覚研究をされている柏野牧夫氏が、自閉症の病態理解に独自のアプローチで迫ろうとしているのが印象的であった。最相さんにとってはご著書の『絶対音感』の延長上に、自閉症の方の感覚が「絶対音感的」なことが位置するのだと思うが、私自身、研究の出口を自閉症等の発達障害に置いているので、一度お話を直接伺ってみようと思う。柏野氏のメッセージは「結局好きなことをやるしかないんじゃないか。……あれこれ考えて、仮説立てて試してみたら、この間よりちょっとうまくなったっという、その小さい部分が一番おもしろい。わりとそういうことだけで、きています。」とのこと。
もう一例、治療法が見つかっていない神経難病であるハンチントン舞踏病の理解や研究推進のために、財団を設立するなどしているウェクスラー家の方の話は
武藤香織さんによる翻訳本『ウェクスラー家の選択』で知っていたが、改めて、科学研究を推進するのは科学者・研究者だけではないことを感じた。
さて、最相さんにとっては「テーマがすべての原動力」(オビより)とのこと。
テーマがある限り、
たぶん私は仕事を続けていきます。
それは研究者のみなさんにも
通ずるところがあるのではないか。
年の瀬に来し方を振り返り、来る方向を見据える上でも、本書がちょうど良い機会となった。
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