平成25年4月1日の労働契約法の改正により、1年ごとの有期労働契約が繰り返されて通算5年を超える場合には、無期労働契約に転換されることになるが、当然ながら、大学にはすべての有期労働契約職員を定年制の雇用形態にする財源は無い。したがって、5年を超えないように、いわゆる「雇い止め」が生じることになる。これは平成30年4月以降に一斉に生じる可能性が高い。研究室主催者の元で研究費執行業務に当たる事務職員の多くはこれに該当する有期労働者なので、大問題となることが考えられるのだ。
さて、
日本の大学の研究費執行システムに無駄が多いことはすでに述べた。研究室と部局と重複している業務が多々ある。さらに加えるならば、紙媒体ベースなので承認のための判子がいくつも押され、その分の時間の無駄と、責任の曖昧さが生じやすい点も問題であろう。ではどのようにして、無駄を無くし、なおかつ研究費執行における不正を防ぐようなシステムにすればよいだろう?(註:筆者は、研究倫理教育の推進や意識の醸成は必須であると考えるが、精神論だけで不正防止が可能であるとは思っていない。また、ごく少数の不正を行う者のために、より多くの人々の貴重な時間が失われるような「チェック機構の強化」は合理的ではなく、国としての研究力を損なうので極めて宜しくないと考える。)
その改革案だが、特段の秘策という訳ではない。欧米に倣うという理解でも良いし、日本でも「民間企業的」な対応に変えるだけである。
具体的には次のようなことが骨子となる。
1)研究費執行業務を電算化・ウェブ化する
2)研究室において研究費管理および研究費執行業務を行う職員は、部局の事務系職員を充てる
3)1名の事務系職員は執行金額の規模に応じて、必要により複数の研究室の研究費管理および執行業務を行う
4)物品を発注する研究者はPIの承認を得て、PIは研究費執行業務を行う職員に物品発注を委託する
5)納品の検収はそれぞれの研究費執行職員が行う
補足すると、まず1)により、大学全体として大幅に必要な職員の数が減る。この職員の方々に2)の研究費執行業務を行って頂く(あるいは、大学としては、徐々にもっと特化したスキルを活かせるポジションを増やしていくのが良い)。研究費執行職員(追って何か良い名称を考えよう。とりあえずグラント・マネージャー<GM>と呼ぶことにする)は、現状の研究室の「秘書」のように、研究室に物理的に滞在する必要があるとは思わない。ほとんどの処理はリモートで、オンラインで行えるだろう(客人にお茶を出すための要員が必要な研究室は、きっとリッチなので、研究費でもポケットマネーでも、別に有期雇用職員を雇用すればよい)。
研究費執行不正を防ぐポイントは3)〜5)の部分である。このGMは、少なくとも大学の雇用試験を突破して任期無しの雇用形態の方々であり、「研究室のために、研究室の費用で」雇用されているのではない。忠義を果たすべきなのは、研究室ではなく大学である。もし、研究費執行で問題が生じれば、大学のブランドに傷がつく、という意識で職務に当たる方々である。PIは研究費を具体的に何に使うかについて一定の専門性と権限を有するが、不正な発注が行われていないかどうかは、日々、研究費執行職員が職務としてウォッチする。したがって、架空発注や預け金のような事例が生じることは「システム」として防ぐことが可能となる。
現状のまま平成30年を迎えると、多くの有期雇用の方が「雇い止め」によって、ただ職を失うことになる。中には、高い能力のある方もいるはずなので、(現状でも行われているが)一定の試験などを行うことによって、GMなどの立場で無期雇用に進むことができれば良いだろう。GM業務に長けた方が長く仕事を続けて頂ける方が、5年毎に新しい「秘書」を雇用するより、はるかに無駄がないとも言える(ナントカと畳は新しい方が良い、などと考える方は別)。
以上の改革案は、Facebook上での議論も元にしている。実例として、
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、内閣府により設置され、文科省直轄ではなく、いわば「私学」であり、すでに研究費執行システムは上記のようなものになっているということを、その設立に深く関わられた北野宏明氏(ソニー・コンピュータサイエンス研究所取締役所長)からコメント頂いた。新しい組織を作るときの方が、既存のシステムをスクラップビルドするよりも容易なのかもしれないが、大学ランキングの低下や研究力の低迷が続く今、大きなテコ入れが必要なのではないだろうか? 何より、ここで提示した改革案は、大学にとっても、職員にとっても、研究者にとってもwin-winであると考えられる。
本年より第5期の科学技術基本計画が開始されるが(2015年12月18日付CSTI答申は
こちら)、計画を実行するのは「人」であり、人をないがしろにした計画では絵に描いた餅である。不正の生じにくいシステム作りは、人材をどのように活用するのかが鍵となろう。