拙著『
脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』のウラ話です。
セサミ・ストリートの新しいキャラクターとして「ジュリア」という名前の女の子が登場したことをご存知の方はどのくらいいるでしょうか? このジュリアは自閉症という設定になっています。
拙著第1章では、自閉症スペクトラム障害の特徴を表すのに、このジュリアの話を使いました。ジュリアはちょっと「普通」とは異なるところがあって、一つのことに夢中になったり、問いかけられてオウム返しで答えたり、大きな音が苦手だったり、という様子が描かれています。また、ジュリアの方がお友達のアビーよりも、たくさんの歌を知っているというような側面もあります。
「発達障害」というカテゴリーの中には、典型的な「カナー型」の自閉症だけでなく、「アスペルガー症候群」や「サヴァン症候群」も含まれます。1988年に公開された映画『レインマン』の主人公の兄レイモンドは、キム・ピークという実在のモデルをもとにサヴァン症候群として描かれています。床に散らばったマッチの数を瞬時に読み取れたり、数年後の何月何日は何曜日かを言い当てられたりという特異な才能があります。
本当は本書の中で他にも取り上げたい事例がありました。それは、必ずしも発達障害という意味ではなく、優れた視覚記憶を持つアーティストのことでした。例えば、
スティーブン・ウィルシャーという方は、ヘリコプターで上空から20分ほど眺めた街の様子を緻密な絵として再現することで知られています。例えば、東京の街は
こちらのブログに引用されています。他にも
パトリック・ヴェールという方、あるいは、色鉛筆だけで極めて写実的な絵を描く方なども。
こちらの動画では水の入ったガラスのコップを描いているのですが、なぜか底の方から、しかも上下反対向きに描いていくのです……。「地図では北半球は上」というような刷り込みの無い頭の使い方をしているとしか思えません。
実は、数年前に読んだ書籍
『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』には、人類最古の壁画についてのユニークな解釈がありました。3万2000年前のものとされるフランス南部のショーヴェの洞窟には様々な動物の絵が描かれていますが(
画像はWikipediaより引用)、それはきわめて写実的で今にも動き出しそうに見えます。そんな優れた絵が描けたのは、ごく特殊な専門家というよりも、もしかしたら当時のクロマニヨン人にはそれが「普通」だったのではないか、という解釈です。人類がまだ文字も持たず、もしかしたら言葉も未発達だった時代には、極めて写実的な絵が描けるのは、特殊な才能というよりも普遍的だったのではないか、人類が言葉を使うようになって、脳の使われ方が変わっていったのではないか、そのようなことが書かれていました。そして、言葉が話せない自閉症の女の子の描いた写実的な絵が取りあげられていたのでした。

見たままのウマに「馬」という言葉でラベルを付けることは、視覚的な脳の使い方をせずに、テキストを記憶することになりますから、おそらく脳のメモリの使い方としては、相当にお得というか、省エネになっているように思います。そうすることによって、人類は、より抽象的な事象を扱えるような脳の使い方になっていったのでしょう。
本当は、こんな話題も本書の中に入れたかったのですが、ページ数制限のために断念したのでした……。