父加齢の次世代への影響はもっと知られても良い

やり直しを命じられて難産でもあった共同研究論文が、本日、PLoS ONEという国際誌に発表されました(オープンアクセスなので、どなたでも読むことができます)。また、合わせて、東北大学および理化学研究所よりプレス・リリースして頂きました(リンク先よりPDFがダウンロードできます)。

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海外出張等により記者会見などができませんでしたので、拙ブログにて背景等について補足しておきたいと思います。

加齢に伴って妊孕性が減少することはよく知られていると思います。でも、実際には子どもができればOKかというと、それだけではない影響があることは、あまり知られていません。

例えば、自閉症の発症リスクは疫学研究のメタ解析(複数の報告を合わせて解析したもの)によれば、20代の父親からの子どものリスクを1とした場合に1.64倍に、統合失調症の場合は、ある報告によれば2.96倍に増加します。他にも精神遅滞、社会性の異常なども父加齢の影響があることが知られています(詳しくは、拙著『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』を御覧ください)。

ヒトの場合には、このようなデータはあくまで「相関関係」を示していて、さまざまな影響がありえます。そこで純粋に父加齢と次世代の行動異常に「因果関係」があるのかについて、すでに野生型マウスを用いた動物実験が為されました。現時点で3本の論文がありますが、やはり学習の低下、社会性行動の低下、不安の低下などが見られるようです。

これらの背景をもとに、私たちは発達障害の遺伝的リスクの1つと考えられるPax6遺伝子の変異に着目し、父加齢の影響についてマウスを用いた実験を行いました。今回は、父側からの影響(交配時の影響や養育行動など)を限りなく少なくすることを目的として、体外受精を用いています。精子はPax6変異ヘテロ接合マウスより、卵子は常に若い野生型雌から得ています。なお、遺伝学の基本ですが、この場合に得られる仔マウスでは、理論的には1:1の割合で、野生型とPax6変異ヘテロ接合マウスが得られます。

その結果、精子を得た父が若い3ヶ月の場合と、12ヶ月以上の場合で、父から遺伝的リスクを受け継いだ仔マウスの行動に違いが見られました(ちなみに、3ヶ月のマウスは、ヒトであれば性成熟に達している若い成人期、12ヶ月は60歳前後と見積もられます)。その結果、若い精子に由来する仔マウスでは、野生型との違いは、母子分離による音声コミュニケーションのみでしたが、加齢精子に由来する仔マウスでは、この表現型は見られず、多動の傾向が認められました。

これは、同じように遺伝的リスクを受け継いだ場合に、精子の加齢具合によって次世代への影響の現れ方が異なることを示しています。

この研究はまず、動物の行動研究をする方々に向けた重要な示唆を含みます。多くの実験において、雌の週齢・月齢は気にされることがあっても、雄は「仔が生まれればOK」という認識で、かなり加齢するまで交配に用いられることがあります。しかしながら、高齢の雄に由来する仔マウスは、若齢の雄に由来する仔マウスとは性質が異なる可能性があることになります。各種ノックアウト・マウスの表現型などのばらつきや、データが再現できないことなどには、このような背景がありえるかもしれません。

もう一つは社会的なインパクトです。これまで「卵子の老化」については、ダウン症発症のリスクが上昇することなどについて広く知られていましたが、「精子の老化」については、あまり気にされて来なかったと思います。以前にも拙ブログで取り上げたDOHaD仮説では、健康状態や疾病の起源が発生期にある、ということでしたが、さらに前の世代の生殖細胞系列にまで遡れると言っても良いでしょう。

このことは、少子化に加えて発達障害の増加もあって労働人口が減少する現代において、長期的な健康対策を立てる上でも知られるべきと考えます。最低賃金などの問題もありますが、もっと子育てがしやすい社会になって、父親母親ともに若いうちに出産できるようになることが何よりも望まれます。

末筆ながら、共同研究として多数の行動解析をして頂いた理化学研究所バイオリソースセンターの若菜茂晴先生とそのチームの皆様、マウスの超音波発声の測定システムの立ち上げでお世話になったイタリア科学技術研究所のValter Tucci先生、短い時間でプレス・リリースに対応して頂いた東北大学医学系研究科ならびに本学と、理化学研究所の広報の皆様に、心より感謝申し上げます。

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ちょうど同じ日だったのですが、西川伸一先生がご自身のNPOのサイトに、論文紹介として挙げられていたものが関連するので取りあげておきます。
最後のまとめにかかれていた「自閉症を社会性の欠如ではなく、もう一つの社会性として積極的に評価することで、人類進化に対する新たな視点が生まれる。」という視点は、私自身も拙著『脳からみた自閉症』で繰り返し触れておいたことですが、人類の寿命が長くなっていく間に、父加齢の影響としてポジティブな側面もあるのではないかと妄想を広げています。

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科学新聞2016年12月2日付で記事掲載されました。許可を得ましたので、こちらに載せておきます。
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英語でのプレス・リリースも出ました!

【関連拙著・拙翻訳本】

【関連拙ブログ情報】

by osumi1128 | 2016-11-18 18:07 | サイエンス

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