この3日間、日本分子生物学会の年会に出席しました。自分のシンポジウムの発表や、ラボメンバーのポスター発表、その他、種々の情報交換も行いましたが、市民公開講座をオーガナイズしました。
昨年、中国でゲノム編集技術を用いて受精卵の遺伝子改変を行ったという論文が発表されたことをご存知の方もおられると思います。2012年以降、CRISPR/Cas9技術の応用が急速に広まる中、実は、2013-2013年に自分が日本分子生物学会理事長をしていた頃に、「ゲノム編集は世界を変える技術。その倫理的な側面について学会として議論をすべき」と思っていたのですが、種々忙殺されてできませんでした。今年の年会長の一條秀憲先生@東大薬学から仰せつかり、念願かなっての企画となりました。
登壇をお願いしたのは以下の方々です(ご発表順)。
●石野 良純(九州大学農学研究院 教授)
分子生物学者。1986年に大腸菌よりCRISPRを発見。
●斎藤 通紀(京都大学大学院医学研究科 教授)
幹細胞から生殖細胞を分化させることに成功。
●石井 哲也(北海道大学 安全衛生本部 教授)
生命倫理研究者。遺伝子組換え 作物、幹細胞研究、生殖補助医療、遺伝子治療などに関心がある。
●武藤 香織(東京大学医科学研究所 教授)
生命倫理研究者。とくに生殖補助医療や遺伝性疾患に関して、患者や被験者の立場からの問題を扱う。
モデレータ
◯瀬川 茂子(朝日新聞社科学医療部 記者)
防災、脳科学、幹細胞生物学などを専門とする。
最終日のすべてのセッションが終わった後でしたので、学会員の方でどのくらいご参加頂けるか、また金曜日の夕方に横浜まで足を伸ばして頂ける一般の方々がどのていどいらっしゃるか不安もありましたが、蓋を開けてみると300名くらいの会場が7割くらい埋まっていたでしょうか。盛会となってほっとしました。
石野先生のご発表では、1973年の遺伝子工学、1988年のPCRに続き、2012年のCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集が、生命科学における第三の技術革命と位置づけられていました。また、taking-home messageとして、「これらの3つの技術革命は、すべて原核微生物の基礎研究に端を発しています。今後もきっと隠された宝が見つかることでしょう」と締めくくられました。
齋藤先生は、CRISPR/Cas9も利用して生殖細胞形成や初期発生の分子メカニズムを研究されています。倫理的課題はありつつも、よく議論して基礎研究を進めることが、将来の医学応用についても重要という立場で発表されました。
石井先生は広く生命倫理を専門とした研究をされていますが、ゲノム編集作物、家畜、人間が日本で作られるかと考えた場合、それぞれ△、☓、◯という見通しと話されました。外来遺伝子がない改変の場合でも、作物を作るのに用いられるよりも、家畜を創り出すことの方が人々は抵抗があるだろう。一方で、ゲノム編集によるヒト受精卵遺伝子改変については、昨年ワシントンで開催されたサミットで先天性の遺伝子疾患の予防という目的が、頻繁に取り上げらていたことを紹介されました。一方、日本は世界でも有数の不妊治療大国であることを考えると、遺伝子変異が原因の不妊の治療につかわれるだろうと述べられました。しかし、それで本当に良いのだろうかという問いかけも。
武藤先生は医療分野における生命倫理や患者の権利などについてがご専門。日本では厳密な法律が無いにも関わらず、指針が守られることによって、生命倫理的にグレーな部分が破綻せずに進んでいると話されました。例えば、胎児を守る法律はありますが、ヒト受精卵については指針において「生命の萌芽」としてリスペクトされなければならないとされています。また、ゲノム編集の応用としての受精卵の段階での病気の治療は、優生学的な側面があり、脆弱性を理由に排除されるべきではないのでは、ということにも触れられました。いずれにせよ、社会に開かれた議論が重要というお立場です。
その後、朝日新聞社の瀬川さんにモデレータをお願いしてパネル討論となりました。登壇者による意見交換の後、フロアからいくつかの質問が為されました。一つだけ取り上げるとすると、「宗教の問題はどのように関わるのかという視点が欠けていたのではないか」というご指摘があり、日本人の場合には、生命倫理を考える上で必ずしも宗教観をベースにしていない側面もありますが、確かに重要な観点です。最後は、「ゲノム編集は生命観を変えるか?」という質問へのそれぞれの意見を述べて終わりました。現場の研究者である石野先生や齋藤先生は、ゲノム編集技術が出てきたからといって自身の生命観が変わるとは考えられない、という立場でしたし、武藤先生は「モヤモヤした気持ちを暖めたい」との答え。石井先生もまだわからないというご意見でした。

ゲノム編集についての市民を交えた議論については、本年、日本学術会議のシンポジウムや、サイエンスアゴラにおける企画などもありましたが、地道に議論を続けていくことが重要だと考えます。
【Togetherによるツイートまとめ】
【石井先生のNHK視点・論点】
【武藤先生のプロジェクト】
【週刊ダイヤモンド拙コラム】
新年に第3回目を執筆予定♬