今年の芥川賞受賞作
『コンビニ人間』をようやく読了。実に興味深い作品だった。作者の村田沙耶香氏自身が、長年にわたり週3日ほどのコンビニバイトを続けているという経験にもとづいているため、コンビニ内の描写が実にリアル。誰もが知っているコンビニの裏側を知るという意味でも面白かったが、なんといっても主人公である古倉恵子がきわめて個性的なのが気に入った。
冒頭で子どもの頃の恵子のエピソードがいくつか披露される。死んだ小鳥を焼き鳥にしてお父さんに食べてもらおう、と言って周囲にドン引きされたり、喧嘩をしている男の子たちを止めさせるのに、スコップで殴ったり。「だって、<止めて>って言ったから……」というのが恵子側のロジック。確かに、物理的に喧嘩を止めることにはなった。
こういう恵子の行動から、周囲は恵子のことを「変わった子」と見るようになる。恵子の「社会性に欠ける」点が「普通の」人々には付き合いづらいのだ。誰も、恵子の視点からも世界は存在することを理解できない。結果、恵子は貝のように口を閉ざすようになる。
だが、大学時代に、恵子は近所で新規開店したコンビニ「スマイルマート」のバイトとして働くようになる。そこには完璧な「マニュアル」があり、働く人間としてどのように振る舞えば真っ当か、実にわかりやすい。「コンビニのバイト店員」というドレスコードを纏うことによって、恵子は恵子らしい生活を続けていた。スマイルマートの店長は8代目になり、バイトの店員も多数入れ替わったが、恵子は勤続18年。結婚も就職もせずに……。
そこに、ある意味、さらに個性的とも言える人物が登場する。白羽という若い男性なのだが、35歳で職歴なしの割には、やたら高飛車で、自分はコンビニの店員にはふさわしくないと見なしている。ではなぜコンビニのバイトを始めたかというと、婚活のため。ほどなく、店に来た女性客をストーキングしたために解雇される。
白羽は恵子に対して「そんなコンビニバイト生活を続けていて恥ずかしくないのか?」という世間の常識を突きつける。そこで、恵子は白羽に「同棲しよう」と持ちかける。恵子の魂胆は、「なぜ結婚も就職もしないでコンビニバイトを続けているのか?」という周囲の目を誤魔化すため。
「契約」にもとづいて男女が一つ屋根の下で暮らすというシチュエーションとしては、TVドラマになった『逃げ恥』に共通する面が無くはない。ただし、食べ物に執着の無い恵子が作る料理は、「加熱されている」し栄養のバランスも考慮されているが、味付けされておらず「餌」のようなもの。白羽も食べられれば良いと納得。普段は浴室を自室として暮らす。実態を知らない妹や友人たちは、ついに恵子が「まっとうな」人生を選んだものと喜んだ。
だが、恵子の妹が恵子の部屋を訪れて、「コンビニバイトの女が無職の男を囲っている」というシチュエーションがバレる。白羽の義妹もやってきて借金を払えと言い、白羽は自分の借金を返済させるために、恵子のバイトを辞めさせると宣言。もっと良い会社に就職させようという作戦だ。コンビニという生きるための物差しを失った恵子は、昼も夜も無い生活に陥る。
ついに、白羽が探した就職先の面接に行くことになった恵子。会場に向かう途中で、同行した白羽が用を足すためにコンビニに入る。そこでは店長不在の中、バイトの店員が困っていた。スーツ姿の恵子は、コンビニ本社社員を装って、自ら棚を直したりバイト店員にアドバイスをする。そうして、自分は「コンビニ人間」であることを自覚し、白羽からも去ることを決意する。
こうして、あらすじにしてしまうと、随所に散りばめられた「恵子らしさ」が失われてしまって残念なのだが、恵子はその名前に似合わず実に個性的だ。研究者という生業を続けている私には、周囲にまぁ、一風変わった友人や知り合いも多いので、そういう人々との繋がりの中に恵子がいる。研究でも「自閉症スペクトラム障害(ASD)」のメカニズムを追求しているので、恵子の行動や思考パターンには、ASD的な点もあると感じる(詳しくは拙著
『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』参照)。そういう意味で、本書はとても興味深かった。
「個性」とは何だろう? 平均値から離れていることが「個性」なのだろうか? だが、種々の指標に関して平均的であること自体も「個性」と言えるのではないか? 今年立ち上げた文科省のグループ研究、新学術領域
『多様な「個性」が創発する脳システムの統合的理解』では、あと4年余の間に「個性学」とも呼べる学術領域を築くことにチャレンジする。多様な個性が活かされる社会に貢献できたらと願う。