もしも大学受験前まで戻れるなら、言語学の道にも進んでみたかった。残念ながらリアルな世界では身は一つしかないので、理系選択をし、歯学部に進学して、今は神経発生や発達障害の動物モデルを中心とした研究を行っているが、「ことば」に対する興味はかなり小さい頃からだ。
例えば保育園時代、「プリンセス」と「王女」の定義はどのように異なるのか、大いに悩んだという記憶がある。当時は「プリンセス」も「王女」も「princess」という英語を元にしているという意識は無かったので、確か、読んだ絵本の文脈から、年齢で異なるというという結論にたどり着いたはずだ。子どもはそうやって、自分の得た知識から法則を導き出そうとする。
本書『
ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密』(岩波科学ライブラリー)はニューヨーク市立大学で言語学博士号を取得された東京大学准教授の広瀬友紀さんが、ご自身のお子さんK太郎くん(現在7歳)が言葉を覚える過程で気づいた、子どもならではの「言い間違い」から、言語のルールやその習得メカニズムについて紹介したもの。子どもはむしろ「原理原則」に忠実であり、大人は恣意的に決まった「ルールアウト」を多数知っているので、子どもらしい言葉を「言い間違い」と思うのだ。
オビにも使われている「これ食べたら死む?」や「死にさせるの?」という子どもならではの活用形は、可愛らしい「あるある」だ。つまり、どの子ども(この場合は、国籍等に関わらず、日本語を学ぼうとする段階の子ども)も、共通した「一般化」のルールを自然に習得している。このことは、
ノーム・チョムスキーの「生成文法」の話をちょっと思い出させる。チョムスキーは、どんな母語でああれ、人間が数年でその言語体系を習得できるのは、「普遍文法」が生得的に備わっているからだと説明した。「文法」が生得的なものかどうかはわからないが、人間の子どもが一般的に、どのような言語であれ、周囲で話されている言葉を聞いて「普遍化」するという脳の性質を備えていることは確かだろう。
子どもの言い間違いは賞味期限が短くて、成長する過程で無くなってしまう。今子育て中の方なら、「あ、うちの子も同じ!」という発見がたくさんあるだろうし、その時期を過ぎてしまった方も「そうそう、昔、こうだったよね……」と共感を覚えるに違いない。自分自身がそんな子ども言葉を使っていたこと自体は、残念ながら記憶に残っていないからこそ、本書を読むと楽しくなる。
広瀬先生とはまだ面識は無いが、
『心を生み出す遺伝子』(岩波現代文庫)の翻訳でお世話になった岩波書店の編集者、浜門麻美子さんを介してFacebookで繋がった。今年の言語学会にシンポジストとしてお邪魔することになっているので、リアルにお目にかかってお話しできることを期待している。