東京女子医科大学名誉教授の岩田誠先生からご高著をご恵贈頂き、海外出張のお伴に連れてきた。タイトルは
『ホモ ピクトル ムジカーリス ーアートの進化史』(中山書店)。ジャケ買いしても良いと思うくらい装丁も素敵。
今回は「第一章 直立二足歩行革命」から始まり、ことばをしゃべる「第二章 ホモ ロクエンスの誕生」、「第三章 ホモ ピクトルと美の誕生』、そして「第四章 ホモ ピクトル ムジカーリス」へと、現生人類の進化や、ネアンデルタール人との違いについて考察されている。続く第五章は「アートの役割」、最終章は「第六章 アートの現在」として、アートが商品化されていくという近代社会に触れて終わる。
私自身も神経科学者の端くれであり、アート好きなので、本書はとても楽しく、また何度も読み直したいものであった。とくに、二足歩行成立についての神経内科的な洞察や、ネアンデルタール人が言葉を話せたかどうかについての考察はとても興味深く、また、岩田先生がお孫さんの成長過程やご自身の記録と照らし合わせて絵の発達について考察されているくだりは微笑ましかった。
第三章以降に取り上げられる洞窟壁画については、折しもラスコーの洞窟壁画のレプリカを展示した『世界遺産 ラスコー展 クロマニヨン人が残した洞窟壁画』が、科博から多賀城の歴史博物館での展示を終えて、
7月からは九州国立博物館へと巡回するところだが、いったい誰がどのような目的で洞窟壁画を描いたのかについては、研究者ならずとも一般の人々の興味をそそるテーマである。
洞窟壁画については本書でも順々に説明されるように、最初は「あの場所に獲物がいる」、「このパイソンをこうやって仕留めた」など、部族の知恵の伝播の目的から、そこで歌ったり踊ったりという儀式の場になり、狩猟採集の時代から農耕中心の時代になるに従って、ヒトの集団が多くなり、洞窟での祭事から外に出て行ったと解釈が王道であると思われる。
ただ、個人的には、全体よりも細部にこだわり、優れたスケッチの特性を持つ人が、文字の無い世界では一般的であったのではないか、その特質は自閉スペクトラム症の方の中にも共通する方がいる、という、以前に読んだ
『喪失と獲得ー進化心理学から見た心と体』で主張されたニコラス・ハンフリーの主張が気になって仕方ないのだけど。
ポイントは洞窟の壁画の前で人々が本当に踊ったかどうかではなく、ハンフリーの解釈のように、旧石器時代の人類が皆、誰にも教わらなくてもきわめて写実的で生き生きとした馬やパイソンの絵を描くことができたか、それとも稀な才能を持った特別な人だったかどうかなのだが、なんとなく、その議論をしても意味がない気がしてきた。
本書はきちんと引用文献のリストもあるので、アートや人類史に興味のある方には是非お勧めしたい。岩田先生には、ずっと前、
東北大学グローバルCOE時代に、市民公開講座にご登壇頂いたのが最初のご縁。現在はとある財団の会議でご一緒させて頂いている。お目にかかったら、あれこれ伺おう。