日進月歩の発達障害研究業界なのですが、最近出た興味深い基礎研究論文を紹介しておきます。
一つ目は、理化学研究所多細胞システム形成研究センターの前センター長であった竹市雅俊先生のところからの論文です。
疫学研究から自閉スペクトラム症、精神遅滞、てんかんに関係するリスク遺伝子として上がっていたプロトカドヘリン19(PCDH19)について、どのように病態に関わる可能性があるのかについて遺伝子改変マウスや子宮内遺伝子導入法等を用いて明らかにしたものです。
PCDH19はX染色体上に存在する遺伝子で、細胞と細胞の接着を制御するタンパク質を作ります。普通は、男性はX染色体が1本しか無いので、そのリスクは男性の方に強く現れ、X染色体を2本有する女性では症状が出ないことが一般的です。ところが、PCHD19の場合にはその逆で、この遺伝子に変異がある患者はすべて女性という不思議なことが知られていました。
竹市先生らの研究によれば、それは、女性ではPCHD19遺伝子の正常型と異常型が併存することによって、脳構築の過程においてランダムなX染色体の不活化が生じることにより、正常なPCDH19の機能を有するニューロンと、そうでないニューロンが生じてしまい、異なるPCDH19を持ったニューロンがそれぞれ塊を作ってしまい、これがてんかんや精神遅滞の原因となっているであろうと推察されました。男性ではもともX染色体が1本だけなので、異常なPCHD19遺伝子を持っていたとしても、その影響が出にくいのです。
ちょうどこれは、色覚異常について、女性がキャリアの場合にその息子に症状が出るのと逆のパターンということになりますね。つまり、男性がキャリアとなり、X染色体を受け継ぐその娘のみに症状が出るということになります。
Pcdh19遺伝子はPax6の下流でもありそうなので、この論文は要チェックと思いました。
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もう一つは、母体の感染という環境因子が自閉スペクトラム症のリスクとなることについてのメカニズムの解明についてです。
しばらく前より、自閉スペクトラム症だけでなく、統合失調症等についても、母体感染がリスクであるという疫学データがあり、さらにラットやマウスを用いた動物研究でも、妊娠期に感染暴露を受けた仔の世代において、行動異常等が生じるという論文が出ていました。これらのことから、発達障害全般について、「脳内の微小炎症」が共通するリスクとして捉えられていたのです。
ちょうど先週に発表された論文では、マウスの妊娠12日目にウイルス感染により、仔マウスの脳構築における微小な異常や行動異常を誘導する実験系を確立した上で、そのメカニズムを詳しく探っています。かいつまんで言うと、妊娠期ウイルス暴露により、母体の炎症反応が仔マウスの脳の発生メカニズムを乱し、体性感覚野と呼ばれる大脳新皮質領域の抑制性のニューロンの産生が減少することによって、興奮/抑制のバランスが崩れて行動異常が生じるというのです。
この論文ではさらに一歩進んで、発生期における人為的な遺伝子導入によって興奮を抑えると、社会性の異常や情動行動の異常が回復するという実験も行っていますが、これは将来の治療法というよりも、メカニズムを知るための十分条件を提示したという位置づけと思います。
この論文で1つ画期的だと思うことは、これまで「社会性」が脳のどの領域で担われているのかについて、どちらかというと「情動」に関係するような扁桃体という考え方が主流だったのに対して、「体性感覚野」という領域にスポットを当てている点です。自閉スペクトラム症の合併症状として感覚の異常(過敏・鈍麻)があることを考えると、このことは今後もっと注目されても良いと考えます。
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西川伸一先生による解説(Yahoo!ニュース):
最後に、先々週に発表された我々のグループの論文もご紹介。CREST研究時代からの共同研究者である理化学研究所脳科学総合研究センターの吉川武男先生らとの共著論文です。
第二次世界大戦中のオランダで大飢饉が生じ、その頃に胎児期を過ごした方の統合失調症発症率が2倍に増加するという疫学研究は、精神疾患発症リスクにおける環境因子の関与を強く示すものです。我々のグループは長く、脂質栄養の重要性について研究を重ねて来ましたが、今回の論文はその中で1つの集大成とも言えるものです。
今回の研究では、妊娠期のドコサヘキサエン酸やアラキドン酸等の高度不飽和脂肪酸の摂取を制限し、そのような環境で発生した仔マウスに統合失調症様の行動異常が生じることを示すとともに、その分子メカニズムとして、脂質シグナルに関わる「核内受容体」と呼ばれるタンパク質を規定する遺伝子のDNAメチル化が関わるということを見出しています。
ちなみに、筆頭著者の前川素子さんは本学医学部出身で当研究室で学位を取得しました。今後の発展を心から祈っています。
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