明和政子先生のご講演を聴いて

過日の第47回日本神経精神薬理学会と第39回日本生物学的精神医学会の合同年会の折、教育講演として為された明和政子先生(京都大学大学院教育学研究科)のご講演「周産期からの身体感覚と社会的認知発達」を初めて拝聴することができました。

明和先生は人間の発達心理学がご専門ですが、今回のご講演では早産の子どもの心理発達について、どのようなメカニズムで満期産児との違いが生じるのかについて縦断的なデータを元に考察されていました。
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早産児の鳴き声が満期産児と異なるのでは?と気づいた明和先生は、京都大学病院のご協力のもとに、満期および修正満期に達した早期産児の自発的啼泣の記録を取り、その周波数解析を行いました。すると、早期産の赤ちゃんの基本周波数は満期産の赤ちゃんより高いことを見出されました。このことについて、早期産による自律神経系の調整、とくに副交感神経系による抑制機能の異常があるのではないかと推察されています。

そこで、副交感神経系の機能の指標として周産期の安静時の呼吸性心拍変動(HRV)を測定し、生後12、18か月時点での標準発達検査スコアとの関係を縦断的に検証したところ、周産期に副交感神経活動が弱い赤ちゃんほど、生後1年の言語性および社会性領域に発達の遅れがみられるというデータを示されました。

この点について、我々も生後6日目のマウスが母子分離により超音波域で発声することを記録して、種々の解析を進めているのですが、まだ未発達な小脳の影響というよりも、脳幹部分に着目するべきなのかもしれないと思いました。実際、Pax6遺伝子変異ラットの場合には、重篤なホモ接合の場合に脳幹の運動神経系や副交感神経系に異常を認めているので(Osumi et al., Development, 1997)、今後の解析方向として面白いかもしれません。

また、アイトラッカーを用いて、早期産児を対象に修正齢6、9、12、18か月の時点で視聴覚統合および社会的注意の評価を行ったところ、一部の児で後者の能力に異質性が認められたということでした。こちらについては、成人の発達障害の被験者を用いた研究も多数為されており、社会的注意(人間に対する興味とも言えるかもしれません)が定型発達の方と異なるのは、かなり幼若な時期からと考えられると思います。

明和先生のご研究は人間そのものを対象としておられ、遺伝子や分子は扱っておられないのですが、このようなお話を伺うと、私たちのような動物をモデルとしてメカニズムに迫る基礎研究者にとっても大いに刺激となりました。


by osumi1128 | 2017-10-09 11:04 | サイエンス

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