トレハロース論争

「トレハロース問題」の真相、「感染症の原因に」論文は矛盾だらけ”という記事が回ってきたので読んでみました。当該論文や関連記事へのリンクも付いているので、とてもよくまとまった記事という意味では参考になります。

論調としては、(1)トレハロースの利用とDC菌の流行のタイミングが合わない、(2)トレハロース自体は天然にも存在する物質であり、米国での摂取量も多いとは言えない、(3)トレハロースを欧米よりも多く摂取している日本では強毒性のCD菌の流行は起きていない、(4)マウスへの投与実験からの結論に問題がある、ということを述べており、先に紹介したトレハロース製造会社からの見解をさらに詳しくしたものとなっています。

しかしながら、もともとのNature論文で述べられているような分子レベルの解析については触れられていません。一番のポイントは、マウスへの実験ではなくて、培養実験です。トレハロースの存在下で正常型のCD菌を培養すると、トレハロースを利用できるような変異体の菌が生じる、という点が問題なのです。また、上記記事によれば、トレハロース製造会社の動物実験データにおいて、トレハロースは腸内でグルコースという糖に分解されるということなのですが、Nature論文では、通常の食事を摂るヒトの腸内(より正確にはイレオストミーより採取した液中)でトレハロースが検出されるとなっています。

つまり、Nature論文は食品としてのトレハロースの安全性を問題にしているのではなくて、由来が天然であれ合成されたものであれ、トレハロースにより菌が変異して強毒性の株が現れるという、一種の進化メカニズムがあるということを指摘しているのです。これは、従来、抗生物質の使用によって耐性菌が生じるという考え方が一般的であったところに、他の可能性もあることを示していることになります。

トレハロースの摂取を(天然であれ合成されたものであれ)少なくすることによって、CD菌による腸炎の症状を軽減できるのかどうかについては、臨床的な研究も必要でしょう。

詳しくは、西川伸一先生の一般向けYahooブログと、さらに専門家向けのブログを参考にして頂くのが良いと思います。

【加筆】ただし、このタイトルはミスリーディングですね。Nature論文のタイトルでは「Dietary trehalose enhances virulence of epidemic Clostridium difficile」となっていて、「添加された」トレハロースかどうかは区別されていません。
また、「この結果は、流行性のCDは、人間が人工的にトレハロースを添加した食べ物を食べ始めてから起こった病気であることを示し、自然界にあるからと安全だと思ってしまうと、予想できないしっぺ返しが起こることを示す重要な例になったと思う。確かにキノコなどトレハロースを自然に含む食品は多いが、流行の歴史から考えて、トレハロースの食品添加が始まった時期と、流行が一致することから、やはりトレハロースの添加が原因と言っていいだろう。」という最後のまとめの前半部分については、上記記事および林原社の記事のように「トレハロースの食品添加が始まった時期と、流行が一致はしていない」ので、注意が必要です。

1月7日:食物中のトレハロースがクロストリジウム強毒株進化を促進した(Natureオンライン版掲載論文)

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図は元のNature論文のFig. 6を転載しました。上段はCD菌のRT027という変異株に関する最初の報告やアウトブレイク、下段はRT078株について、PubMedという医学関係データベースより作成したものとのこと。


Commented by みむ at 2018-02-15 12:36 x
大隅先生

CD菌が微量のトレハロースを利用できる変異を起こすことは進化的に非常に興味深いのですが、他の腸内細菌が大量に存在する条件で、かつブドウ糖など他の糖類が利用可能な条件で、微量のトレハロースが存在することでCD菌が優位となり選択的に増殖することを示すデータがあるようには思われませんし、実験室条件でもすぐに生じるという変異株が(このこと自体が驚くべき発見ということになりますが)、大量にトレハロースが使用されている日本で生じていないのは不自然であるという点には注意すべきだと思います。論文のタイトル、結論はトレハロース利用がアウトブレークを起こすと読めるものですから、現時点でやはり問題がないとは言えないと思います。

サイエンスで様々な可能性を議論することは自由だと思いますし、そうあるべきです。しかしそれをあたかも確定した話のようにマスコミが取り上げて流布することは別の話で大変な問題に発展する可能性があります(これについては最近の日本の大学のプレスリリースでも同じ問題があると思います)。
by osumi1128 | 2018-02-15 07:21 | 科学 コミュニケーション | Comments(1)

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