ハンドメーカーズ・ハイ

日本の1月から3月という時期はあっという間に過ぎていく。
お正月気分から脱したとたんに待ち受けているのは「年度末進行」だ。
スクールカレンダーもエコノミカルカレンダーも3月末をもって終了であるため、すべての決着をこの時期に付けなければならない。

仙台にラボを構えて8年目になるが、今年は博士3人、修士2人の学位申請が重なった。
本当に皆無事に学位を出せるか、我ながら心配になった時期もあるが、昨日修士の発表会があり、博士もファイナルステージに入ってほっとしている。
伝票処理の方はまだ1ヶ月くらいバタバタすることになるが、気持ちの上ではここで充電しておかないとと思っている。

家に戻って読んでいた女性雑誌に、桐島かれんさんが「ハンドメーカーズ・ハイ」というタイトルのエッセイを書いていた。
娘のために服でも縫ってやろうとか、家族を喜ばせたいという想いからスタートしても、製作に入るやいなや、そもそものもティべーションから外れたハンドメーカーズ・ハイの世界へ陥ってしまう


ランナーズ・ハイと同じように、黙々と手を動かしていると脳内モルヒネと言われるエンドルフィンが分泌されるのではないかと彼女は考えている。
ストレス解消につながるとして、アメリカでは「編み物カフェ」が流行っているらしい。

・・・大学生のある時期、ものすごく編み物に凝っていたことがある。
冬だけでなく、夏は綿の糸を使って、一年中、何かしらを編んでいた。
家庭教師先から帰る電車の中(空いているので)、夜、洗った髪を乾かしながら、とにかくひたすら、次から次へと編んでいた。
編み物の本に出ているデザインを参考にしながら、たいていは自己流のアレンジをした。
細長い糸から平面が出来上がっていくのが不思議だった。
色が徐々に変わる糸を使うと、どんな模様が浮き出てくるか、とても楽しみだった。
当時は、自分が貧乏性で時間が惜しいからからだと考えていたが、もしかすると「ニッターズ・ハイ」だったのかもしれない。

職人が何かを作る姿を見るのも大好きだ。
さまざまな伝統工芸の技や、お寿司やさんのカウンターから覗く板前さんの手さばきだけでなく、デパートの地下の食品売り場でやっている人形焼きの実演販売でも、思わずじっと見つめてしまう。
繰り返し作業を見ているだけでもストレス解消になるのだろうか?

大学院の最初の頃にモノクロナル抗体作製にチャレンジしていたことがあるが(結果は目的の抗体は得られず大失敗だった)、たくさんの培養細胞たちの給食当番はあまりハイな気分になれなかった。
分子生物学のイロハのイであるミニプレップも性に合わず、チューブの数が12本を超えるとうんざりだった。
生化学的なカラム精製なども、手を下す作業が少なく、待っている時間が長くてつまらなかった。

かたや、連続切片作製は私にとって、高エンドルフィン分泌作業である。
とくに、手作業で黙々と切片を切って貼り付ける凍結切片作製が好きだ。
三次元の胚を二次元の切片に分割していくのが面白いと思った。
その二次元の染色像から、三次元の胚の中での分子の局在をイメージするのも好きだった。
そうこうしている間に、 whole mountの免疫染色やin situハイブリダイゼーションの技術が確立し、胚を丸ごと染めて見られるようになって、ああ、これを見たかったのだと思った。

子宮の中からラットやマウスの胚を取り出す顕微解剖は最も好きな実験だ。
哺乳類の胎児は何重にも膜に包まれ、大事に大事に育っている。
その膜をそっと剥いでいくのは、まさに生命の神秘をunveilすることだと思う。
一番のお気に入りの発生段階は、ちょうど心臓に血液が溜まって赤々としてくる頃、マウスなら胎齢10日目くらい。
この時期の胚は本当に綺麗。
音楽をかけながら(イヤホンではなくて)解剖作業ができたら、私にとってはかなりのストレス解消になるはずだ。

・・・ここだけ読むと、かなりアヤシイ研究者のように見えるかな?
今は、編み物をする時間はとてもない。
というか、し始めてはまってしまったら、大変困ることになることが予想される。
せいぜいが、オニオングラタンスープを作るために、ひたすら玉葱を切って、1時間近く、じっくり飴色になるまで炒める、なんて作業をするのが関の山。
エンドルフィンが出るよりも涙が溢れてくるのだが。
リタイアしてから、切片作製かmicrodissectionの作業だけ、時給1000円くらいでアルバイトさせてもらえたら有り難いなあ・・・
by osumi1128 | 2006-02-10 23:23

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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