「脳コワさん」:高次脳機能障害の概念拡大

5月半ばより書物の締切が複数重なっていて、かなりの綱渡り状態だったのだが、Kindleに落としていた新書2冊をようやく読了。鈴木大介氏というライターの方が41歳で脳梗塞となり、その後のリハビリの様子や、何が辛かったのかなど、自分をルポルタージュしたもの。


鈴木氏は脳梗塞後に「高次脳機能障害」と呼ばれる状態になった。あまり一般的には馴染みのない病名かもしれないが、東北大学病院には日本で唯一「高次脳機能障害科」があり、現在、鈴木匡子教授が科長を務められている。

高次脳機能障害とは以下のような症状を含む(上記、高次脳機能障害科HPより)
• 認知症
• 記憶障害(健忘)
• 失語症;言語の障害
• 失認症;対象認知の障害
• 失行症;行為の障害
• 注意障害
• 視空間認知障害
• 遂行機能障害;複雑な行動の障害
• 脳損傷によって生じた精神症状(うつ、幻覚、妄想、意欲低下など)

本書を読めば、このような高次脳機能障害の症状が具体的にはどのようなことなのか、専門家の説明ではなく、その状態を患った当事者の言葉として語られる。

著者の妻は著者の回復に伴走するのだが、著者が生き辛さを感じている症状に、ユニークな命名をする。その一つが「脳コワさん」。意味としては「脳が壊れた人」だ。そして、彼女も注意障害や遂行機能障害などを持つ発達障害の当事者であり、夫が脳梗塞によって陥った状態を見て「ようやく私のことがわかるようになったか」と言う。つまり、認知症の方も、注意障害の方も、うつ状態だったり、統合失調症を患う方も、皆「脳コワさん」とくくって捉えることもできるのではないか、と提案する。脳の処理機能のスピードが著しく低下していること、マルチタスクができない状態となっていること、情報(刺激)が過多になりがちなことなどが共通する状態なのだ。

目で見てわかりやすい運動障害などと異なり、上記のような高次脳機能障害というのは、本人が辛くても周囲にわかりにくいという特徴を持つが、それは「脳コワさん」全般に言えることだろう。

著者が、別の著書である『最貧困女子』(幻冬舎新書)などの取材を通じて知った、さまざまな理由により貧困生活を送る女性たちの中にも「脳コワさん」がいたことが綴られる。コンビニで小銭を数えられずキレてしまう、うまく会話ができない、細かい書類を書き進めることができないなど、著者が脳梗塞からの回復の間に体験したことは、取材した貧困女子の様子のデジャブのようなものだと気づく。

2冊目の方の最後では、発達障害に対して各種の支援が生まれたように、高次脳機能障害についても、同様な支援があれば良いのではないかと著者は提案している。高齢化によって認知症の脳コワさんが急増しているだけでなく、医療の進歩によって、脳梗塞などでも救える方が増えたことによって、結果として高次脳機能障害の脳コワさんが増えることにもなった。人を救うのは医療だけではない。脳コワさんたちが社会に参画できるようにすることが、回復を促すことになる。

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ちなみに、東北大学の鈴木匡子先生は、筆者が尊敬してやまない山鳥 重(やまどりあつし)先生の直系のお弟子さんに当たる。

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by osumi1128 | 2018-06-04 08:40 | 書評 | Comments(0)

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