ブレインビー参加者からのご質問に対するお答え

過日のブレインビー(脳科学オリンピック)東北地区大会の参加者より、質問を頂きましたので、奥村先生からの回答をこちらに掲載しておきます。
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質問1:脳の活動電位の発生で、イオンチャネル型受容体に神経伝達物質が行き届き、チャネルが開き閾値まで達すると活動電位が発生するとありますが、閾値まで達することの詳細を書いてあるものがありませんでした!
回答:閾値まで達するには最初の刺激で一個ではなく多数のイオンチャネルが開くことが必要ということですか?
このあたりはブレインファクトブックにも書いていないですね。大学レベルの教科書が必要な質問です。まず、ニューロンの活動電位というのが実際に発生する場所は樹状突起につくシナプスそのものというよりは、自然の条件では軸索の起始部にある軸索小丘とよばれる構造です。その部位における膜電位が、閾膜電位を超えた場合に、軸索小丘にたくさんある電位依存性ナトリウムチャネル(電位依存性というのは電位がある値になったときに開閉するチャネルということ)が開いてたくさんのナトリウムイオンが流入し、それを伴って生じる活動電位によって直ぐに隣の部位にある同様のチャネルが開いて、、、ということが連鎖して、その先の軸索に活動電位が伝導していくわけです。各シナプスでは興奮性もしくは抑制性のシナプス後電位が発生するのですが、これらは、活動電位よりは小さく「発火」とは言えない緩やかな変化です。改めて、実際に活動電位が生じるためには、たくさんの樹状突起や細胞体上のシナプスにくる様々な刺激によって生じるシナプス後電位が、多くの場合は時間的に、あるいは空間的に加重にされて(時間的加重、空間的加重を勉強しよう!)、トータルとして閾膜電位を超えるということが必須です。この様々なシナプス後電位には、過分極方向に働くものもあります。各シナプスで生じる脱分極方向のシナプス後電位を興奮性シナプス後電位、反対を抑制性シナプス後電位といいます。まとめると小さな興奮性シナプス後電位でも集まって大きくなると閾電位を超えるということです。
なお1つのシナプスには、たいていたくさんのイオンチャネルがあります。あるシナプスの興奮によってシナプスの中の1個のイオンチャネルだけが開くというのは、自然にはあまり起きないように思われます。

質問2:閾値まで達するのに後イオンが一個とか、10個とか足りなかったという、少ない個数レベルは影響しますか?
回答:一応、興奮が少しでも足りなければそれは閾値に達しないと言うことになりますが、チャネルもナトリウムチャネルだけでは無いので、他のイオンチャネルを含めてトータルに考える必要があります。クイズでもあったように「全か無の法則」に従うのがニューロンの振る舞いなのですが、これは最終的に軸索に活動電位が出力されるかどうか?が2値化されるということで、樹状突起レベルや細胞体レベルでみると、全と無の間に色々な量のシナプス後電位が混ぜ合わさったものが生じることになります。その結果、「あともう少し」とか「むしろ抑制されている」というような様々な状態がニューロン全体には生じています。また、活動電位についても、これは発生するかしないかのどちらか(全か無)なのですが、、、発生頻度(20Hzなのか5Hzなのか?)とか同期発火するニューロンの数などの方法で、様々な情報をコードしています。

質問3一つのイオンチャネルが入れることのできるナトリウムイオンには限界はありますか?
回答:イオンチャネルは、イオンが流れる専用のトンネルですので、そこを流れるイオンの量はイオンチャネルごとにほぼ決まっています。ただしこれも条件依存的で、例えば細胞内外の電位差が過分極方向に動いて内側のマイナスが大きくなったときには、プラスイオンはより内側に流れ込みやすくなります。他方そのイオンの内側の濃度が高くなると、その分流れ込みにくくなります。また開いている時間も重要です(同じ理由で単純な時間比例にはならないのですが、当然、長く開く方がイオンの総流入量は増えます)。
そもそも、イオンチャネル1つ1つの振る舞いや構造がどのようになっているのか? というのは、神経科学の初期からの大問題でした。それがわかってきたのは振る舞い(機能)については1970年代から、構造についてはさらに10年くらいたってからのことです。
「1970年代になり、NeherとSakmann(1991年ノーベル医学生理学賞)によって開発されたパッチクランプ法により、単一イオンチャネルの電流が初めて計測され、ガラス電極内に単離できる実体としてのイオンチャネルの存在が証明された。(脳科学辞典より)」のは、1つの記念碑的研究で、この質問は(もし同じ質問をあなたが1970年より前にして解明していたら)当然ノーベル賞受賞に値するくらい重要で、素晴らしい質問です。

質問4:活動電位が起きてから不活性化するのにナトリウムチャネルが閉じるのはわかるのですが、閾値まで行かない場合ナトリウムチャネルが閉まるというのはどういうことですか? これは全て参考書とかネットで調べても出てきませんでした。どうか回答お願いします。
回答:前述したようにチャネルには本当はいろんな種類のものがあって、全体として膜電位を規定しています。基本的に静止膜電位を規定しているのは、カリウムイオンのリークチャネルという開きっぱなし(リークは漏れると言う意味)のチャネルの貢献が大きいですし、膜電位の根源である細胞内外のイオン濃度差を作っている(イオン濃度差が変わったときには元に戻す)のは、K/NaポンプとよばれるATPをエネルギーに動き続けているポンプです。
個々のチャネルの開閉条件は、チャネルの種類によって異なり、それ自体を明らかにする研究を多くの研究者が今日もやっています。開閉を左右する条件としては、電位差やその変化はもちろん重要なのですが、他にも時間経過なども関係します(さらにpHなどのさまざまなことも影響します)。タイマーの様に、ある時間だけ開いて閉じるチャネルや周期的に開閉するチャネルも知られていて、様々な生体リズムの成因になっています。いろいろな条件の組み合わせですので、電位変化「だけ」が理由ではないと今日は理解してください。

===補足===
活動電位を発生させる電位依存性ナトリウムチャネルは、閾膜電位以下では、そもそも開かないので、これは閉じもしないと考えられます。これとは別に、グルタミン酸やアセチルコリンなどの神経伝達物質によって作動するリガンド(大昔は機能分子とか言いましたが、その物質がスイッチとして機能する物質)作動性チャネルもあり、代表的なものとしては、AMPA型グルタミン酸受容体なんかがあります。これは、「リガンドであるグルタミン酸(と似た作用を持つアゴニストであるAMPA)を受容することで、陽イオンを透過させるイオンチャネル共役型(共役型というのは複数の近接するタンパクが一緒に働くということ)受容体で、透過させるイオンは主としてナトリウムイオンであるが、さほど選択性は強くなく、カリウムイオンも透過させ、またサブユニット構成によってはカルシウムイオンも透過させる(脳科学辞典より(括弧内は奥村加筆))」ことが知られています。

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ちょっとややこしいですが、大学生も勘違いしている人はたくさん居ますので、今は全部わからなくても落ち込まないで下さい。文中にも書きましたが、ノーベル賞につながったのと同じ疑問もありますし、どれも本質的で素晴らしい質問です。科学者に大切なことの1つは、良い疑問をもつことです(もちろん、その疑問の答えを出す方法を考えて解決して発表することも全部大切ですが、、、疑問がなければ始まりません)。
是非、また質問してください。
(今、出張中で、文献等を参照していません。もし間違いや追加があれば、また改めてお答えします。京大の櫻井武先生に途中相談にのって頂きましたが、間違いは奥村の責任です)


最後に、このあたりの基本的なことについては、Kahn academy というサイトの
https://www.khanacademy.org/science/health-and-medicine/nervous-system-and-sensory-infor#neuron-membrane-potentials-topic
やその続きのビデオを是非見てみて下さい。
他にもわかりやすいサイトがあればご紹介します。
また、ネットの情報は玉石混淆で嘘もありますが、「脳科学辞典」(下記)の内容は、査読済みなので、信頼性が高いです。ただ少し難しいかもしれないですね(責任者の林先生にも質問を伝えておきます)。
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%84%B3%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%BE%9E%E5%85%B8:%E7%B4%A2%E5%BC%95


by osumi1128 | 2018-08-06 06:13 | サイエンス | Comments(0)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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