研究倫理シンポジウム@第91回日本生化学大会

今年2回目の京都出張はとんぼ返り。昨日、第91回日本生化学大会でポスターセッションと並行していたシンポジウムで研究倫理について扱われ、登壇者の一人としてお話してきた。

オーガナイザーは鈴木敬一郎先生@兵庫医科大学と井原義人先生@和歌山県立医科大学のお二人。鈴木先生がイントロとして、大学入学者の意識調査の結果を話され、その後、生命倫理や研究倫理がご専門の粟屋 剛先生@岡山商科大学が「研究不正の背景には社会全体のモラルの低下がある」ということをご指摘。その後、自分のトークとなったが、内容については分担執筆した書籍『責任ある研究活動のために』(東北大学出版会)をご参照頂きたい。

私の後、大トリを務められたのが、日本学術振興会顧問の黒木登志夫先生。すでに『研究不正』という中公新書も出版されているが、このたびオックスフォード出版から英語でモノグラムを刊行予定とのことで、トークの内容もさらに刷新されていた。

そもそも、従来の「ネトカ(捏造・盗用・改竄)」という分け方ではなく、新たな分類をご提案。
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論文撤回を繰り返す確率は、撤回5回以上では1回だけの場合よりも数倍も多いという分析も。「不正の芽」は最初に摘まないとダメということですね。例えば、科学的な文章を最初に書くときのレポートなど。もしかしたら、盗用というレベルでは、今なら小学生の読書感想文のときから配慮が必要かもしれない。
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黒木先生は「研究不正の処分は、刑法ではなく社会規範に則るべき」と言われる。例としてOJシンプソンが、刑事訴訟では無罪であったが、民事で有罪となった件を挙げられた。前者は「疑わしきは罰せず」のルールだが、後者は「Preponderance of the evidence(証拠の優越性)」で判断される。
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黒木先生に言わせれば、研究不正だけでなく「いじめ、セクハラ、ドーピング」も、法律違反かどうかではなく、社会倫理規範に照らして判断すべきとのこと。社会規範は「曖昧」かもしれないが、よりどころとして重要である。トーピングや薬物不正使用などは、次から次へと薬物は創られるので、法律では追いつかないという面もある。

ちょうど帰りの新幹線で、元東北大学理事で教育のご担当であった花輪公雄先生の書かれた東北大学出版会ブックレット『続 若き研究者の皆さんへ―青葉の杜からのメッセージ―』を読んでいたら、エッセイの一つに、2009年秋にマリ・キュリーとピエール・キュリーご夫婦のお孫さんにあたるエレン・ランジュバン=ジョリオ博士の本学での講演についてのエピソードがあった(拙ブログも参照あれ)。

理学部大講義室で行われた講演の後、東北大学サイエンス・エンジェルが「立派な研究をするにはどんなことが必要ですか?」と質問したことに対して次のように答えられた。

「立派な研究を目指して研究することは大事だが、いつもそのような成果が出るとは限らない。どのような研究成果でも、その努力は報われる。大きな石だけではしっかりとした石垣はできない。しっかりとした石垣を造るためには、大きな石だけでなく、間を埋める小さな石も必要となる。自分が行った研究が大きな石なのか小さなものかは、すぐにはわからないが、どんな大きさの石でも石垣を造るのに必要。ずっとそう思って研究してきた。」

研究業界が「ハイインパクト」な成果だけを求めるならば、大きな石ばかりで石垣を築こうとするような脆さが生まれる。また、ときに、大きく見せた張りぼての石が作られてしまうこともある。小さな石でもそれが正しいものであれば、自信を持って研究コミュニティに貢献できることを改めて伝えたい。


by osumi1128 | 2018-09-26 07:36 | 科学 コミュニケーション

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