口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)はどのようにして生じるのか

知らなかった。落合陽一氏が、息子さんが口唇口蓋裂であることをカミングアウトしていたのですね……。

面識はありませんが、若手ヴィジョナリーとしての名前は広く知られているので、筑波大学では永田学長の補佐を務めていることなど興味深く思っていました。
(その後、2019年4月にお目にかかる機会がありました。拙ブログ参照

昨日見つけたネット記事はこちらのtogetterというツイッターまとめ。2017年の4月29日分が最初の投稿としてアーカイブされています。5月1日には以下のようなツイートが。
「ブッ込んでいきましょう!
弊息子は口唇口蓋裂で生まれてるのでサポートすることも多そうですが,ダイバーシティ感あってエモいので楽しんでます.日々の妻の支援が非常にありがたい」

たぶんtogetterにまとめられたのは以下のツイートがあったから。
「弊息子に関しては,親のエゴと社会性だから後で了承を取るしかないんだけど,写真載せてるかには明確な目的があって.僕は口唇口蓋裂児の父になったときに数時間パニクったので,ネットで検索可能な行動事例が父親の視点とともにアーカイブされていると当事者に救いになると思ったからなんだよね.」(2018.10.15)
そして、息子さんの現在の状態の画像を挙げています。

私は歯学部の教育を受けたので、「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」という専門用語は3年生(当時)の発生学講義で初めて接しました。受精後、5週目くらいから顔面に形成される隆起が盛り上がり、癒合することによって上唇(じょうしん)や人中(にんちゅう)が形成されます。さらに口蓋は口蓋突起という突起が形成され、正中で癒合して口蓋が形成され、鼻腔と口腔が分かれます。

この癒合が不全になった結果として、口唇裂、口蓋裂、あるいはより正確に総称するなら「唇顎口蓋裂(しんがくこうがいれつ)」が生じることになります。口唇裂の場合には、内側鼻隆起、外側鼻隆起、上顎隆起という3つの隆起の癒合がうまくいかないと、片側性の口唇裂となります。

口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)はどのようにして生じるのか_d0028322_10531134.jpg

実は、自分の学位論文は、口唇裂が生じるメカニズムとして、収縮タンパク質のアクチンの機能不全も影響する、という内容のものだったのでした。

学部生の当時、発生学の授業にはほとんど出席していなかったか、テニスの朝練後で爆睡していたかだったと思うのですが、今や、東北大学の医学部、歯学部の学生相手に講義をする立場になり、毎年、「頭頸部の形成」も扱っています。

その際に必ず伝えるのは、口唇口蓋裂の頻度はアジア系では高く、だいたい500人に1人くらい、男児では左側の口唇裂が多いこと。顔面隆起の癒合という現象はきわめて複雑なので、ほんの少し、適切なタイミングで隆起の接触が足りなかったりしただけでも、癒合不全となって口唇口蓋裂に繋がること。

さらに言えば、下記の図のように、顔面隆起の癒合という複雑なプロセスは素過程に分けると「隆起を形成する細胞の増殖」、「隆起の表面の接着」、「癒合部における細胞死」となり、それぞれの現象に関わる遺伝子はとても多いこと。
口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)はどのようにして生じるのか_d0028322_08263177.jpg
顔面の先天奇形があっても、一般的には脳神経系の働きに問題は無いこと。でも、ミルクを飲んだりする上で口唇口蓋裂は障害となること、気道感染しやすいこと、そして顔は人間のアイデンティティに大きく関わることもあり、適当なタイミングで手術をする必要があること。

子どもの成長に合わせて、手術は何度か必要なこと。でも、現在の手術のレベルはとても高くなったので、ほとんど見た目、わからないくらいに治ること。歯学部の学生さん相手の場合にはとくに、口腔外科だけでなく、その後のフォローアップとして歯並びを直すなどの必要があり、矯正科も大きく貢献すること。さらに言語療法士など、コメディカルとも連携して患児のケアを行っていくことも伝えます。

口唇口蓋裂の原因となる遺伝子としては、例えばIRF6という名前のものが知られていますが(例えばZucchero et al., NEJM, 2004; Rahimov et al., Nat Genet, 2008)、ほとんどは不明です。上記のようにデリケートな発生現象ですので、ちょっとした物理的な要因で癒合がうまくいかないことも生じます。したがって、子どものご両親がご自分を責める必要はまったくありません。

下記のように、我が子の口唇口蓋裂を受け入れられなかった保護者もいるということなので、アップデートされた情報が必要な方に届くことは、とても大事なのだと思います。落合さんの英断、たいへんなことだと思いますが、素晴らしいと思いました。


落合氏のインスタグラム(ochyai)には折々のお子さんの様子がアップされています。2017年の4月に誕生、オペは2018年の1月に行われたこともわかります。子どもの自己認識が確立する前に、最初のオペができたことは良かったと思いました。オペ前とオペ後の比較画像なども挙げられています。

【関連するサイト】我が国の主要な学会・公的医療機関の情報をまとめておきました
日本口腔外科学会HPより:口唇裂口蓋裂などの先天異常
日本産婦人科医会Hpより:先天異常部より 口唇・口蓋裂のトータルケア(文責:東京大学医学部附属病院 顎口腔外科・歯科矯正歯科教授 高戸 毅先生)
日本形成外科学会HPより:口唇口蓋裂について
国立成育医療研究センターHPより:口唇口蓋裂

【追記】この記事を書こうと思ったきっかけのツイートなど。

2018年10月20日(土)10 tweets


by osumi1128 | 2018-10-21 11:07 | サイエンス

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