旅のお伴をKindle版電子書籍として連れてくるようになって久しい。iPadでもiPhoneでも(新しいMacBookに変えてタッチ画面が使えるようになったらそちらでも?)読めるので、新幹線の中でも飛行機でも、ちょっとした待ち時間でも読み続けられるのが有り難い。紙の本のリアルさも大好きだが、余計のこと、持ち歩いて傷つけるのが辛いので、そのようなリスクの無い電子書籍の恩恵に被っている。
今回、北米神経科学学会参加の出張用にいくつか落として来た中で、オリバー・サックスの自伝である『道程』(原題はOn the Move、大田直子訳、早川書房)は読み応えがあった。神経科学関係の皆さん、そしてダイバーシティに関心のある方にお勧め。
本書を読んで、彼が接したさまざまな患者のことを細かく生き生きと記載するというスタイルがどのようにして確立したのかが理解できた気がする。実験をするには向かないことを理解して臨床医に戻ったこと、ストーリーテラーの資質として家族から受け継いだものもあること、そして、彼自身の「人と違う」ところ、ダイバーシティに寛容なところが「患者」に寄り添う気持ちの根源かもしれないこと。
彼は神経内科医であり、同性愛者であり、相貌失認かつ偏頭痛持ちで、強迫症の傾向があり、薬物中毒に陥り、のちに片脚を失い、がんを患い、それでもハイパーグラフィア(書かずにはいられない人)であることは止められなかった。
天才は天才との交流を好む、というか互いに惹きつけられる。アレクサンドル・ルリヤ、フランシス・クリック、ジェラルド・エーデルマンなどとのやりとりはとても興味深かった。いずれの天才も皆、鬼籍に入ってしまったが、神経科学はきっと次の天才を生むだろう。
私自身は脳科学、とくに精神疾患のメカニズムや個性の成り立ちを理解したいという気持ちがあり、現在の神経内科学と精神科学は、ふたたび融合されるべきだと考えながら、彼自身のエピソードを読んでいた。また、例えば偏頭痛の前兆としてなぜ幾何学模様が見えるのかなどを切り口として、視覚のメカニズムや神経回路の物理的な配置などの基礎的な理解が深まるのではないかと思う。
昨日、北米神経科学学会のPress Socialに参加したが(委員会メンバーであるため)、上記の意見について同意してくれた元オーストラリア神経科学会の会長、Sarah Dunlopは「そうね。神経内科はがんの分野から30年遅れて始まり、やっと追いついたところ。精神科は神経内科に30年遅れているから、もう少しかもしれないわね」と話された。
それを言うなら、生命科学は物理学から300年くらい遅れている(物理学は数学から3000年くらい遅れている)。新たなツールの開発に加え、ビッグデータと機械学習の応用で加速すれば、もう少し早く追いつくことができるかもしれない。そのためには、オープンサイエンス化を促進すべき。
もっと詳しい書評・解説は以下の方のブログを超絶にお勧め(ただし長いです……)。
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関連して、下記イベントに登壇します。
第3回 SPARC Japan セミナー2018
「オープンアクセスへのロードマップ: The Road to OA2020」
日時:2018年11月9日(金)13:00-17:25
場所:国立情報学研究所 12階 1208,1210会議室
共催:大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)