会議を仕切る

生まれて初めて会議を仕切ったのは、小学校高学年の学級委員の頃だと思うが、あまりにプリミティブな段階で記憶にない。
そもそも、忘れたいことばかりだったからなのか。小さい頃の記憶に乏しい気がする。
中学では1年生の後期から生徒会の書記を2期務めて裏方を経験した後に、2年生後期の生徒会長に立候補した。
当時うちの中学ではかなり真面目に選挙戦を行うのが通例であり、2週間の間にポスターを作成したり、選挙演説の時間も設けられていた。
確か、そのときは「生徒の、生徒による、生徒のための生徒会」という、リンカーンの言葉をもじった(今から考えると非常にダサイ)キャンペーンを張ったはず。
・・・で、その選挙には見事に落選した。
その次に3年生の前期では「ガラス張りの生徒会」というキャッチコピーにしたと思うが、すでに行政のトランスペアレンシーを意識していたといえよう(ほんとか?)。

とにかく、まあ何故か当選して生徒会長を務めた間に、いくつかの校則改正を行った。
例えば、その中学では学生鞄の他に持つ「セカンドバッグ」に規制があり、学校指定のものでないといけなかった。
(そもそも、学生鞄をつぶしてぺちゃんこにして、容量を少なくするというのが流行っていた)
これに対して断固として反対し、マディソンバッグと呼ばれるスポーツバッグも持ってきてよいと認めさせた。
女子のソックスは「白の三つ折り」が指定だったが、折らないタイプの「スタンドソックス」というものを許可してもらった。
(このソックスの着用には「カモメちゃんマーク」の「ソックタッチ」という接着剤が必須であった)
どちらもまあ、当時流行っていて、生徒達はそれに乗りたかっただけなのだが、規則で「それは認められない」というのもほとんど根拠レスだった訳だ。
どんなロジックや言葉遣いで教師側を論破したのかは覚えていないが、小さい頃から父親と議論して泣かされて鍛えられていたことを思うと、さもありなんである。
もちろん生徒会側の意見が通らなかったこともある。

その後、高校、大学以降そういう活動から足を洗っていたのだが、ここにきて各種の会議に出席したり座長をする機会が増えてくると、中学校での経験も無駄ではなかったのかなあと思う。
大人の会議なのに、ときどき流れをまったく無視する輩がおられる。
前回の会議で決まったことでさえ、出席しておらず知らないことを否とせずに蒸し返される。
やれやれ・・・と思うが仕方ない。
あまりに簡潔に「それはすでに前回これこれと決まりました」と言おうものなら、逆にさらに枝葉末節のところに訴えてくる。
会議を仕切るのは難しい。
by osumi1128 | 2006-02-22 02:14

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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