西澤潤一先生の追悼会

「ミスター半導体」と呼ばれた西澤潤一先生は、ちょうど自分の着任前に総長をご退任されていたので残念ながら面識がありませんでした。10月12日にご逝去され、昨日、東北大学他、関係団体合わせて23もの組織の共同主催により、追悼の会がウェスティンホテル仙台にて開催され、市民含め800名もの方々が参列されました。東北大学関係者としては、西澤先生の後を継がれた阿部博之元総長はじめ、5名の元・前・現総長が揃い踏み、同門の関係者も100名を超え、政界ならびに経済界からも重鎮がご出席となりました。
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追悼の言葉を述べられたのは、大野英男東北大学総長、村井嘉浩宮城県知事、そして郡和子仙台市長。遺影を見上げながら大野先生が語られた中で「多くの学生が憧れる偉大な、しかし身近な先生であられました」という言葉がもっとも印象に残っています。また、郡市長は「何度か新幹線で偶然、席が隣になることがあり、そのお人柄に尊敬の念を抱いた」旨、個人的なエピソードを盛り込み、最後にご家族のことにも触れられたことが女性市長らしいと感じました。
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その後「ありし日を偲んで」としてお話されたのは、本学関係者で、前物質・材料研究機構理事長の潮田資勝先生、元NEDO理事長の岡 久雄先生、西澤門下の小柳光正先生でした。東北大学学友会交響楽部の献奏ののち、男性合唱部、混声合唱部、市民有志も加わってのコーラスの中、主要な方々による献花が為され、青木孝文東北大学理事・副学長が追悼の会実行委員会委員長としてお礼のことばを述べられました。その他の方々の献花は1時間ほど続きました。

西澤先生が総長に就任された時期は、大学改革が始まった頃でした。教養部の解体に伴い、国際文化研究科等を次々と立ち上げられ、大きな変動の時期であったと想像します。当時ゴルフ場であった青葉山の新キャンパス構想を打ち立てられたのも西澤先生でした。昨年、農学研究科が無事に移転し、本年10月にユニバーシティハウス青葉山が完成し入居が開始したことにより、この計画も一定の区切りとなったと思われます。西澤先生としてはそこまでを見届けられたのでしょう。

赤色LEDについては、西澤先生が第一人者と聞いています。ノーベル賞の噂も毎年、聞かれる偉大な研究者でした。追悼会では西澤記念資料室からの展示品等も披露され、多くの方々が熱心に見ておられました。
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滞りなく大きな会を仕切って下さった事務方はじめ、関係各位の皆様のご尽力に感謝致します。

【追加画像】
配布された冊子の裏には西澤先生自筆の額が。実験研究者らしい言葉。「眞理はすべて 実験室にありて 机の上には在ず」
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by osumi1128 | 2018-12-17 08:02 | 東北大学 | Comments(0)

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