学術雑誌の始まりはおよそ17世紀。厳密に言えば最古ではないとのことですが、現在でも続いているのが『ロンドン王立協会紀要(Transaction of Royal Society of London)』という雑誌で、王立協会の事務局長であったHenry Oldenburgという方が始めたのだそうです(詳しくは、赤松幹之博士が「情報管理」に載せた書評「学術雑誌はいかにして始まったのか」(リンク先はPDF)をご参照あれ)。
さて、1974年のGail Martin & Martin Evansの論文を改めて眺めると、牧歌的な時代であったことを感じます。一つの図としてまとめられているのはたった2つの写真。全部でFig.10までありますが、現代の生命科学トップジャーナルの基準で言えば、Figureとして2つ分くらいのボリュームしかありません。原著論文にも関わらず著者も2名と少ないです。
IFが広がった背景には、学術誌の商業化が大きく作用しています。学術雑誌には、ざっくり2つに分ければ歴史的に古い「学会誌」の系統と、Nature誌やCell誌のような「商業誌」があります。それぞれの学術分野の研究者の集まりである学会の持つオフィシャルジャーナル、つまり学会誌は、例えば、英国発生生物学会はDevelopmentという雑誌を発行しており、NPO法人のCompany of Biologistsというところから刊行されています。冒頭のTransaction of Royal Society of Londonや米国のProceedings of National Academy of Scienceなどのような科学アカデミーが発行する総合雑誌も、学会誌の仲間と言えるでしょう。このような学会誌のEditor-in-Chief(編集長)は学会員から選ばれ編集委員会が組織されています。かたや商業誌の場合には、編集長は専任の方で、出版社に所属しています。ややこしいのは、学会誌と言えども、例えば筆者が現在、副会長を務める日本神経科学学会のオフィシャルジャーナルであるNeuroscience Researchという雑誌は、現在、Cell誌も傘下に収める巨大企業Elsevier社から発行されています。
IFが普及する以前からも、雑誌の「格」はありました。科学の週刊誌として始まったNature誌は、70年代にはすでに「Natureに論文が出ました」と言えば研究者仲間から「おめでとう!」と言ってもらえる雑誌でした。でも、それは現在のNature誌のIF値41.577と、生命科学系の学会誌の一つ、Rockefeller University Pressが発行するJournal of Cell BiologyのIF値8.784との格差ほどの違いは無かったように思います。きちんとした学会誌に論文発表を重ねていくということが良識のある研究者のライフスタイルでした。ところが、研究者人口が増え、分野が細分化されて深化し、自分のよく知る分野以外の研究成果の評価が難しくなると、一つのわかりやすい物差しとしてのIF値が利用されるようになったのです。つまり、植物学分野で「Plant Cell誌(IF値8.288)に発表されている論文なら、きっと信用できる成果に違いない」というように、論文の中身ではなく雑誌のIF値が独り歩きするようになってしまいました。
さらに学術誌を取り巻く環境として、とくに2000年以降、インターネットの普及とともに急速に広まったオンライン化について取り上げる必要があります。電子化されてオンライン掲載される雑誌は「電子ジャーナル」とも呼ばれますが、その草分けとして、Journal of Biological Chemistryという雑誌があります。これはAmerican Society for Biochemistry & Molecular Biologyという学会のオフシャルジャーナルなのですが、1994年にStanford Universityの図書館のサーバに登録されました。その後、ブラウザ上ではHTML形式で、さらに印刷しやすいPDF版もダウンロードできるという現在の形式が整ってきました。「論文は紙でないと……」という方もおられますが、PDFをモニタ上で拡大できるというのは筆者にとっては有り難いです。Dropboxに入れておいて、どこにいてもiPadなどで閲覧することも可能となりました。コピーした論文を擦り切れるまで読んだのは、遠い昔となった感があります……。
ここで昔話を披露しますが、1980年代頃にいっとき流行したCurrent Contents(カレコン)という週刊誌のことをご存知な方は少ないかもしれません。これは当時の主要な医学生物学分野の雑誌、数百タイトルについて、最新号の論文を網羅したもので、著者目次やざっくりとしたキーワード検索が可能でした。読者はいち早く興味深い論文に目をつけ、その論文の「別刷り請求」を国際郵便葉書で送り、著者は論文の印刷体であるreprintを自分の費用でリクエストをしてくれた研究者に送ったのでした(…遠い目)。それが、今や需要はPubMedやWeb of ScienceやGoogle Scholar等の検索分析サイトに取って代わるようになったのは、雑誌の電子化の恩恵です。