瀬名さんの『魔法を召し上がれ』を読んで考えるモレキュラー・キュイジーヌのマジック

5月に上梓された瀬名秀明さんの近著『魔法を召し上がれ』(講談社)を、バンクーバーからの帰路で読了。とてもお洒落な装幀から、どんな魔法の世界にいざなってくれるのだろうと思ったら、そこは2020年の東京オリンピックからさらに10年余ほど後の世界。人と共存するロボットや仮想現実(VR)、拡張現実(AR)が身近な社会になっているという設定。

主人公はマジシャンのヒカル、若干二十歳。そして相棒は少年型ロボットのミチル。脇を固める人物として心優しい作家や、ロボット研究者も登場するが、ここまでは、これまでの瀬名ワールドをご存知の方ならお馴染みだろう。ヒカルのマジックには、前作『この青い空で君をつつもう』(双葉社)の中心モチーフとなった折り紙も登場するが、本書で新しいのは、「モレキュラー・キュイジーヌ」の世界が加わったこと。

モレキュラー・キュイジーヌとは、分子調理法、あるいは分子ガストロノミーと呼ばれたりもするが、物理的・化学的に工夫を加えた調理法やそのようにして作られた前衛的料理を指す。そのはしりは、スペインのエル・ブジというレストランと言ってよいと思うが(ちなみに、仙台にも弟子筋のお店がある)、液体窒素でソースを冷やして固めたり、ヘリウムガスを入れた風船を用いたり、びっくりするような仕掛けがある。スプーマという細かい泡のソースやドレッシングは、分子調理法を看板に掲げていない普通のレストランでも出てくる。化学工学的に開発された簡単な装置のおかげだ。

よく考えれば、化学の歴史は紀元前の錬金術に遡り、17世紀以降も化学実験は奇妙な現象を人々の前に見せてきた訳だから、反応原理を知らない者にとっては、一種のマジックのように思えたとしても不思議ではない。本書の物語の中では、そんなモレキュラー・キュイジーヌという魔法を使う人物がもうひとり登場する。

人はなぜ魔法を求めるのだろう? そこにあるものが消えたり、現れたり、変化したり、そのときの驚き、心の営みは本当に不思議だ。科学者はまだ、サプライズのときに脳内で神経伝達物質のドパミンが放出されるくらいしか理解できていない。

枕になりそうな分厚い本だが、一気に読める。爽やかな読後感なので、これからの季節の週末にぜひお勧めしたい。
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by osumi1128 | 2019-06-07 05:25 | 書評

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