『アスペルガー医師とナチス 〜発達障害の一つの起源〜』を読んで

しばらく前に読了していた『アスペルガー医師とナチス 〜発達障害の一つの起源〜』(エディス・シェファー 著、山田 美明翻訳、光文社)について、まだ自分の中で消化しきれていないのだが、これは発達障害に関心のある方が押さえておくべき必読書であると思うので、拙ブログに残しておく。
『アスペルガー医師とナチス 〜発達障害の一つの起源〜』を読んで_d0028322_17390508.jpg
ちょうど先月末、ニューヨークの国連本部で環境問題についてスピーチした16歳の少女、グレタ・トゥーンベリ氏は「アスペルガー(症候群)」であることを自認し、むしろそのことを「価値ある才能」として誇りに思っているという記事があった。


「アスペルガー症候群」とは、1994年制定の米国の精神疾患診断基準DSM-IVでは「コミュニケーションや興味について特異性が認められるものの言語発達は良好な、先天的なヒトの発達における障害」として診断名に挙げられていた。この時期より徐々に、日本でも「アスペ」と自認する方々の書籍等が増え、合わせて「発達障害」という言葉も徐々に浸透しつつある。ただし、精神疾患の診断基準は数年おきに変わっており、現在、最新のDSM-5では「アスペルガー症候群」は自閉スペクトラム症の中に含まれることになった。

さて、種々の病気の名前には、発見した方の名前が付くことがよくあり、アスペルガー症候群は、オーストリア生まれの医師、ハンス・アスペルガーが1944年に報告した4人の少年の症例報告に端を発することはよく知られている。「共感能力の欠如、友人関係を築き上げる能力の欠如、一方的な会話、特定の興味における極めて強い没頭、およびぎこちない動作を含む行動および能力のパターン」(Wikipediaの記載より)がその特徴だ。

ちょうど、その前年の1943年に米国のレオ・カナーも、「社会性の障害、コミュニケーションの障害、こだわりの強さ」などを示す子どもについて報告したが、カナーの取り上げた子どもでは精神遅滞を伴うのに対し、アスペルガーの報告した子どもは「高機能」であるとみなされることが多い。

本ブログでは細かい診断基準等には立ち入らないが、医師アスペルガーがウィーンで活躍した時期というのが、ちょうどナチス・ドイツがオーストリアを統治下に治め、いわゆるユダヤ人の迫害を行っていた頃であるということが、1944年の症例報告の背景にあるということがどういう意味を持つのか、本書を読むまで誤解していたのはショックだった。

例えば一般に手に入りやすい書籍として米国のスティーブ・シルバーマンが書いた"Neurotribes"(日本では『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』として講談社ブルーバックスより出版)では、ハンス・アスペルガーは第3章に登場するが、「不器用だが、知能は早熟でかつ、規則性や法則性やスケジュールに魅了されるという」子どもたちに、慈愛を持って接する優しい小児科医として扱われている。

だが本書では、当時、「第三帝国」の全体主義に合わない子どもたちを「選別」するために、「自閉的精神病質」という診断基準が生み出され、矯正可能かどうかの判断により、児童福祉施設に送られた子どもたちが殺されることになったことが、膨大な資料を出典として書かれているのだ。

本書を読んで初めて知った言葉として「ゲミュート」というものがある。もともとはドイツ語で「情意」というような広い意味であったものが、ナチス時代にやがて「彼はゲミュートが足りない(第三帝国に対する忠誠心に欠ける)」という使い方に変わり、自閉的精神病質は「ゲミュートが無い・少ない」状態として表されるようになった。つまり「ゲミュート」は今日、私たちが「社会性」と理解するものとは大きく異なるのだが、その判断が子どもの運命を決めていた。

本書は現場で困っている方の「役に立つ」ものでは無いが、アスペルガー医師に関するイメージを中立的なものにすることは必要であろう。

参考

by osumi1128 | 2019-10-06 18:09 | 書評

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