『ヒトの発達の謎を解く』のはとても面白い

京都大学の明和政子先生の近著『ヒトの発達の謎を解くーー胎児期から人類の未来まで』(ちくま新書)を読了。小さなお子さんをお持ちの方でもそうでなくても、ぜひお勧めしたい。
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明和先生は京都大学教育学研究科の教授だが、同大学の霊長類研究所に所属され、松沢哲郎所長(当時)のもとでチンパンジーの研究にも携わられた。また、新学術領域研究「構成論的発達科学-胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解-」(代表:國吉康夫@東京大学大学院情報理工学系研究科 )では、ロボット研究者等とも交流されている。本書のあとがきには影響を受けた方々として、さらに長谷川寿一先生、長谷川眞理子先生、乾敏郎先生、岡ノ谷一夫先生等のお名前が挙げられ、そのような多様なバックグラウンドをもとに、「ヒトの発達」をさまざまな視点で捉えてみたのが本書である。

ちなみに、ちくま新書といえば、どちらかというと文系の新書という印象があるかもしれないが、近年はいわゆる理系寄りのものも多く扱われている。拙著『脳の誕生ー発生・発達・進化の謎を解く』(本書の第五章の参考書にも挙げて頂いている)も同じ「謎を解く」シリーズであるが、編集担当は違う方。『失われたアートの謎を解く』(青い日記帳監修)などもあるので、「謎を解く」はちくま新書さんのブランドと考えるのが良い。

さて、ネタバレしないように解説するのは難しいが、本書の第一章が「生物としてヒトを理解する」とあるように、明和先生のスタンスはティンバーゲンの「4つの問い」をベースに人間の心がどのように獲得されるのか、発生発達の視点や、進化の視点が取り込まれている。

また、多くの脳科学の書籍は、いわば頭でっかちというか、脳にしか言及が無いことが多いのだが、本書は「身体性」を重視している点もユニークである。とくに、小さな子どもが育つ際の「触覚」や「アタッチメント」がいかに重要かという観点は、ネグレクトの問題等も含め、改めて振り返る必要があるだろう。ちなみに、身体接触が子どもの認知発達を促すという事実は、もしかすると老年期においても、認知症予防等に大事なのではないかと、ふと思った。

おそらく、多くの読者にとってもっとも気になるのは、発達障害に関する記載だろう。未熟児の発達にはリスクが伴うことについても、泣き方の研究成果などに言及されていた。自分の気持や心のありようを言葉で表現できない赤ちゃんの研究は、霊長類研究と通ずるところがある。感受性期の重要性については、これまでも種々、説明されてきたことであるが、本書では「思春期開始の早まりと精神疾患のリスク」について取り上げられている。早期からの介入による支援に繋がることを願う。

第六章では、情報化やロボットとの共生がさら進んだ近未来社会において、ヒトの育ちはどのように変化しうるのかについて語られる。私もまったく首肯するのだが、現時点でのAIは対人場面における「誤差検出ー予測の修正ー更新」という情報処理が苦手で、まだヒトとの間に大きな隔たりがある。とはいえ、小さな子どもが難なくタブレットを利用する現在、対人関係がどのように変わるのかは興味深い。

「イヤイヤ期の脳に起こっていること」や「人見知りの子どもの葛藤」などは、子育て中の方にとっての気づきになるだろう。

「ヒトの発達の謎を解く」のはとても面白い。豊富な図表等も含まれる本書を、ぜひ多くの方々が読んで頂けたらと思う。

なお、関連して、11月末に明和先生が主催される日本発達神経科学学会第8回学術集会が開催予定。ポスター携えて参加しようかな。
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by osumi1128 | 2019-10-27 10:14 | 書評

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