先週後半は出張が続き、木曜日に新学術領域の技術講習会@岡崎、金曜日に東京大学先端研ボード会議、そして昨日の土曜日は日本科学未来館で開催された
「アゴラ市民会議:どんな未来を生きていく? ~AIと共生する人間とテクノロジーのゆくえ」に参加してきた。「
サイエンスアゴラ」のイベントの1つであり、主催(出展者)は科学技術振興機構(JST)と日本科学未来館。
自分の役目は2つのセッションのうちの最初、「AIは<ヒトの知性>をどう変えていくか」というパートのコーディネータ。コーディネータのもう一人は紺野登先生(多摩大学大学院・
一般社団法人Future Center Alliance Japan代表理事)で、スピーカーが3名ずつ、コメンテーターが4名、計12名の多様なバックグラウンドや個性を持つ登壇者が集まった。おそらくこのイベントのもっとも特徴であると思われるので、登壇者のお名前とタグとなる情報を記しておく(敬称略)。
・千葉雅也(哲学/立命館大学大学院先端総合学術研究科)
・タカハシショウコ(インキュビオン株式会社CEO/元アルスエレクトロニカ)
・駒井章治(神経科学 /奈良先端科学技術大学院大学)
・行木陽子(日本アイ・ビー・エム株式会社 技術理事)
フロアの方も、嬉しいことに参加登録数から推測されるより多くの方々が集まり、AIの専門家、哲学者、メディア関係者、政治家などもおられた。未来館副館長の中西さんのディレクションで会場の雰囲気もクール。フロアは暗めにして、明るい壇上(とはいえ、あまり高くない)に気持ちが集中するように仕組まれていた。(画像はイベント前の会場の様子。回りを囲むカーテンはXとYという文字を使ったデザイン。椅子もお洒落🎶)
午後3時から6時、途中の休憩10分入れての3時間は、濃密だった。
私はもっとも最初の導入役でもあり、Society 5.0を振り返れば、人類は狩猟採集時代から農業を営むようになった時点で、大いに環境に介入するようになったし、そのことによって生活の仕方や考え方も変わった、AIは道具の一つ、現生人類に至る過程において、石器を発明したことは、脳の容積が増えて機能が向上したことの結果かもしれないが、逆に、道具使用により脳の機能は変わったかもしれない、さらに言えば、骨を砕いて骨髄などを食べるようになったのは、単にカロリー摂取が増加しただけでなく、遺伝子の働き方にエピジェネティックな変化をもたらした可能性がある、というようなことを話した。
もう一つ、紺野先生(会場では紺野さんとお呼びしていた)と事前にお話した際に言語が人間の考え方などを規定する、というような話題となったので、「洞窟の壁画」の話を持ち出して、言葉を持たなかった人類は、皆、絵が上手だったかもしれない、何かの能力を獲得することによって失われるものもある、というような進化心理学的視座も付け加えておいた。
【参考】
もう、パネルのコーディネータとしては、これ以上、楽なことは無いと思えるくらい、皆さんがそれぞれのお話に刺激を受けて意見を述べて下さったので有り難かった。内容は、今後、アゴラかJSTの方から報告され、さらに電子書籍化されるとのことなので、ぜひ、ご覧頂きたい。
【参考】
日本で「科学コミュニケーション」という用語は、かれこれこの20年の間に、象徴的には「サイエンスカフェ」とセットで広まった感がある(ブログ主の所属する東北大学は、
大学主催のサイエンスカフェの草分けであり、毎月1回開催、この11月には第170回を数える)。実際にはもちろん、もっと広く、メディアの科学報道や、サイエンス関連の書籍等が科学コミュニケーションの主体として機能してきた。改めて見直すと、「科学コミュニケーション」という概念にはやや、「専門家である科学者の発見や研究成果を市民に伝える」という、一方向なニュアンスがあったことは否めない。「科学者と市民の対話(ダイアローグ)」という用語が科学技術基本計画に盛り込まれたときもあったが、これはあまり定着しなかったように思う。
その後、東日本大震災という歴史的大事件も経験した日本は、今、ようやく「シチズンサイエンス」という時代を迎えつつあるのだろう。この概念では、「市民vs科学者」という構図ではなく、多様な参加者同士がフラットにコミュニケートする印象がある。多様な分野の科学者同士が触れ合う機会が増えたということも影響しているかもしれない。
これまでブログ主は「科学コミュニケーション」の推進に関わることを自負してきたが、これからは「シチズンサイエンス」を推進するアライの一人という立場で進めようと考えた午後だった。