『江戸とアバター 私たちの内なるダイバーシティ』

著者のお一人である池上英子先生から近著『江戸とアバター 私たちの内なるダイバーシティ』(朝日新書)をご恵贈頂き、鎌倉までの行き帰りで読了。共著者は法政大学総長の田中優子先生という、なんともゴージャスな組み合わせ。
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実は、田中先生は池上先生が以前に書かれた『美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起原』(NTT出版、2005年)という本の書評を書かれており、「たいそう気に入り気になった本」であったらしい。法政大学が、池上先生が所属されている米国ニューヨークの「ニュースクール大学」との連携協定を結ぶため、田中総長一行がニュースクール大学を訪問した際、お二人は初めて知己となり、江戸とニューヨークがダイバーシティの観点から繋がった。

本書は朝日新聞社主催、法政大学共催により開催された朝日教育会議「江戸から未来へ アバター for ダイバーシティ」をもとにしている。このイベントでは、田中先生が「江戸文化とアバター」について、続いて池上先生が「アバターで見る知の多様性ーダイバース・インテリジェンスの時代」と題して講演され、その後、ディスクレシア(読字障害)をカミングアウトしている、落語家の柳家花緑氏を交えたパネルディスカッションを行った。本書は順序を逆にして構成されている。

田中先生の書かれた「終章 アバター 私の内なる多面性」に、本書の目指すとことのエッセンスとして、「人がいくつもの名を使い分ける多名の江戸時代から、近代の「個人」に統合する時代を経て、今は個人主義から分身主義へゆるやかに移行する時代になったのではないか、…」というくだりがある。

「個人individual」の意味は「分けることができない」人格を表しているが、江戸時代の人々は「自分」を複数持つことにより、文化的にも豊な生活を送っていた、という点において、江戸文学研究者である田中先生と池上先生の意見は一致し、池上先生が持ち込んだ「アバター」という分身の捉え方によって、江戸と現代が見事に繋がったのだ。

中学校の歴史で「士農工商」という言葉を習い、江戸時代は身分社会だと思っていたらさにあらず、識字率は当時の世界の状況からみて非常に高く、豊な文化があったことは理解していたつもりだったが、見落としていたのは、例えば、渡辺崋山は私は画家としてタグを付けていたのだが、実は蘭学にも明るい三河国田原藩の藩士で、俳諧もひねるというマルチな才能を持つ方であったこと。あるいは、蜀山人という名前でタグを付けた文化人は、大田直次郎という下級武士であり、四方赤良として狂歌を詠み、寝惚先生という狂詩家であり、さらに杏花園、山手馬鹿人、風鈴山人などの名前を使い分けていたという。

「若い子たちはツイッターのアカウント名をいろいろ使い分けているみたいよ」、なんてことに驚くには値しない前例が山ほど、江戸時代に存在していたのだ。

本書の冒頭に戻ると、池上先生の『自閉症という知性』(NHK出版新書)の中にも登場する柳家花緑氏によれば、落語家は一人で何役も演じるのだから、まさにアバターを使い分けているようなもの。花緑氏の言葉では「マリオネット」を操っているような感覚らしい。一つの役になりきってしまうと、他の役との切り替えがうまくいかないのだという。それにしても、読字障害があっても音声で記憶できるという特性は素晴らしい。

ちなみに、終章で田中先生は「…その非定形のなかには、無目的なおしゃべり、すなわちスモールトークやガールズトークが苦手であることとか、人と話すこと自体が大きなストレスであるといった、私自身に心当たりがある傾向も記されている。共有する話題のない人と向き合って目的の無い会話を続ける風景は、想像するだけで苦痛に満ちている。……」と告白されていて、このことは私自身、まったく同じ傾向があるので、まだ面識は無いにも関わらず、とても親近感を持ってしまった。

本書で、池上先生がニューロダイバーシティのイメージとして「スペクトラム」というよりも、「全球的なもの」と説明されている点は新しい見方で興味深いと思った。スペクトラムはどうしても一次元というか、せいぜいが二次元なのだが、そうではなくて、地球儀の上に、それぞれの人が自分の地形として高低差や広がりを持っている、というようなイメージなのだ。さらに言えば、そのような特性はさらに、時間的な推移なども含まれるべきで、三次元よりさらに高い時限として捉えるべきなのだろう。

田中先生の江戸文化についての記述については、もっと他の著書を読ませて頂いてから考察したい要素が随所にあった。例えば、江戸時代にはそれなりに婿養子が多かったことなども、生物学的な観点から考えると興味深い点がありそうだ。

ともあれ、こんな贅沢な本が新書で読めるということは有り難い。まだKindle版は出ていないようだが、出版されたら電子媒体にもして、いつでも参照したい本である。


by osumi1128 | 2020-03-22 00:13 | 書評 | Comments(0)

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