【自宅療養について加筆しました】新型コロナウイルスの変異と広がり

全国の都市部を中心に新型コロナウイルス感染症の蔓延は著しく、現在の日本の感染者数、死亡者数は、3週間前のニューヨークと同じだ。同じ轍を踏まないことが何より大切。日本では「3密」を避ける、というような曖昧な言い方が出回っているが、簡単に言えば、「Stay home, stay safe」ということである。(注:日本では軽症の感染者を自宅で療養させることについて不安や抵抗感があるようだが、医療機関の崩壊を防ぐためには必須と思われるー末尾参照)

「新型コロナウイルス」の正式名はSARS-CoV2という(名前は大事)。「SARS」の部分はSevere Acute Respiratory Syndromeの頭文字で、「重篤な急性の呼吸器の症候群」を意味している。SARSという疾患は2002年に中国に広がった感染症であり、日本で「新型コロナウイルス感染症」と呼ばれるCOVID-19(こちらは病気の名前)と同じくコロナウイルスが原因だ。つまり「新型」という呼び名は付いているが、SARSの原因ウイルスの親戚のRNAウイルス。当初、SARSよりも症状が軽いと捉えられていた向きもあるが、やはり重篤化すると肺炎となり死に至る。ただし、感染力という意味では、麻疹の方がはるかに強い。

前回の拙ブログで、感染者の数や重症化の国による違いについて、人間の側からみて、意外なBCG接種との関係についての「仮説」(注:私だけが言い出していることではないー後述)を提示したが、今回は「ウイルスの側」から考察してみよう。

2月の週刊ダイヤモンド誌の連載コラム「大人のための最先端理科」の第253回の「もはや封じ込めは難しい 新型コロナの有効な備え方」に書いておいたが、このコロナウイルスは変異しやすい性質がある。

現代はオープンサイエンスの時代である。新しい発見はインターネット上のサイトに登録され、開かれた情報として提供される。新型コロナウイルスの場合は、新たな患者から単離されたウイルス試料をもとに、その遺伝情報(ウイルスの中ではリボ核酸ーRNAーという物質を媒体として記録されている)が日々、加わっている。National Geographicという科学雑誌では新型コロナウイルスの特集記事を組んでおり、「How coronavirus mutations can track its spread—and disprove conspiracies」という記事によれば、現在、Nextstrain.orgというサイトに1,500ほどの遺伝子情報が登録されているという。(注:このサイトが立ち上がったときに、ウイルス名は「2019-nCoV」だったので、その名前が使われている)

それらの解析によれば、驚くべきことに(予測していたとはいえ)、約15日ごとにこのウイルスは「変異」しているというのだ。

生命科学に馴染みの無い方には、ややわかりにくいかもしれないが、遺伝情報はウイルスが増殖するときに「コピー」される。この際、コピーミスが生じると、それが「変異」となる。手書きで文章を書き写すときに、書き間違いが生じるようなものと思って頂けばよい。

書き間違いによっては、文章の意味が変わってしまうことがある。同様に、遺伝情報の「変異」によっては、ウイルスの性質が変化する可能性がある。例えば、コウモリにしか感染しなかったタイプが、ヒトに感染できるようになる、より粘膜の細胞に侵入しやすくなる、より重篤な症状を引き起こしやすくなる、など。コロナウイルスが中間宿主としてセンザンコウという動物に感染し、変異したことによってヒトへの感染が可能になったという報告もある。

そして、時系列に沿ってどのような変異が生じたのかを追跡することにより、ウイルスの伝播をたどることができる。ちょうど、手書きで書き写された古典資料の経緯を追う「書誌学」で行われる分析方法と、概念的には同じ。
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このサイトは有り難いことに、リアルタイムの状況を例えば日本語で読める(図は3月27日付け)。この世界地図上の色分けは、下記の図の時系列情報を組み込んだ「系統樹」とカラーコードが対応している。

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この図では、一つの丸が一つのサンプルデータで、色分けはサンプルの得られた地域を反映している。どのようにウイルスが伝わっったのかを(あくまでここに挙げられたデータのみでのことではあるが)推測できる。例えば、欧州でみられるウイルスとして、系統樹の少し上の方の黄色や薄いブルーの大きな塊があるが、これはかなり早い段階で変異したタイプのウイルスのタイプを示す(大きな分岐点が左の方にある)。系統樹の下の方の2つの塊もあるが、これらは古いタイプのものに近い。また、米国の事例(ただしサンプルはほぼ西海岸のもの)も同様に古いタイプも亜種がマジョリティだが、一部、欧州のものと同じタイプがある。

このデータベースはインタラクティブに作られているので、例えば「アジアのデータ」のみを抽出することも可能。

この図でわかることは、日本からのサンプルの提供が少ないことだ。2月や3月になって日本での感染例が増加してからのスポットが系統樹にあまりプロットされていない。

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拙ブログ主は、このことは日本の医学生物学、生命科学研究の状態が宜しくないことを意味すると思っている。日本の医療はCOVID-19がイタリアやニューヨークのようにならないように善戦していると思われるが、世界貢献はできていない(その理由としては……いろいろ思うところはあるが、本ブログ記事の趣旨からは離れるので止めておく)。それ以上に、ウイルスゲノムの解析データの収集が進まないと、現在の日本の状態の分析にも影響する。

本年3月3日付けでNational Science Reviewという雑誌に受理された論文(Tang X, et al.: On the origin and continuing evolution of SARS-CoV-2)を読んだときは、もっと単純に理解できるかと思っていたのだが、中国で多くみられた「S型」の感染力は弱く、その後変異して生じた「L型」は(論文の表現を借りれば)aggressiveであり、それが欧州で広まった、というようなストーリーなのかどうかはわからない。ただ、欧州で蔓延しているウイルスのタイプが、中国でマジョリティであったものとは異なる系統であることは確かであろう。残念ながら、このデータでは重症度との関係などは付加されていない。

当初、日本での感染が抑えられていたのは、当時はS型が主流であったからで、その後、欧州で広まった強力なL型が3月半ばになって入ってきたから、現在、感染爆発寸前というような解釈も為されたことがあるが、上記、Nextstrain.orgというサイトに日本のデータがあまり登録されていないのでわからない。

したがって、先に述べたBCG接種の予防的効果は、国のような単位でのCOVID-19蔓延の程度の差の原因として否定されるものではないが、当初、中国から、おそらく春節以前にも渡来してきていたであろう古典的バージョンのウイルスによる感染症の広がりが少なかった、あるいは軽症で人々がCOVID-19だと思わなかったのは、アジア系の人々の間でマスク着用率が高いことや、挨拶の仕方やの違いなど、文化的側面も大きく影響しているのであろう。

であるからこそ、冒頭を繰り返すが、この週末はとくに、「手洗い、マスク、3密回避」で乗り越えたい。Stay home, stay safe...

【追記】(2020.4.4.)
軽症者の自宅療養で気をつけるべきことについてのまとめ。
(簡便のためにテキスト抽出して下記に貼り付けておきます)

新型コロナウイルス感染症、自宅療養時の健康・感染管理 (2020 年 4 月 2 日)
健康管理
⚫ 患者は、1 日 2 回は自身の健康状態を確認し、1日1回保健所に報告する。
⚫ ケア担当者、その他同居者は、自身の健康状態を確認し、症状(発熱、咳、鼻水など)があれば保健所に報告する。
居住環境
⚫ 患者専用の個室を確保することが望ましい。個室が確保できない場合は、同室内の全員がマスク(サージカルマスク等)を着用し、十分な換気を行う。
⚫ 患者の行動範囲は最小限とし、患者と接する人は十分な距離を保つ(1m 以上)
⚫ 部屋の出入り時には、サージカルマスク等を着用し、流水と石鹸又は擦式アルコール性消毒薬による手洗いを行う
⚫ 患者専用の洗面所・トイレを確保することが望ましい。洗面所・トイレを共用する場合は、十分な清掃と換気を行う。
⚫ リネン(タオル、シーツなど)、食器、歯ブラシなどの身の回りのものは共用しない。
⚫ 入浴は家族の中で最後に行う。
⚫ 外部からの不要不急な訪問者は受け入れない。同居者の感染管理
⚫ 患者のケアは特定の人が担当する。基礎疾患がない健康な人が望ましい。
⚫ 患者とケア担当者が接触する際には、どちらもサージカルマスク等を着用する。
⚫ 口腔内、気道のケアの際、体液・汚物に触れる際、清掃・洗濯の際はサージカルマスク等、手袋、プラスティックエプロンやガウン(身体を覆うことができ、破棄できる物で代替可:例 カッパ等)を使用する。
⚫ マスクの外側の面、眼や口などに手で触れないよう注意する。
⚫ 患者や汚物との接触後、清掃・洗濯の後は石鹸と流水で手を洗う。
清掃
⚫ 患者が触れるものの表面(ベッドサイド、テーブル、ドアノブなど)は家庭用除菌スプレーなどを用いて、一日一回以上清拭する。
⚫ リネン、衣類等は通常の洗濯用洗剤で洗濯し、しっかりと乾燥させる。洗濯表示に記載されている上限の温度での洗濯、乾燥が望ましい。
<参考資料>
2.Centers for Disease Control and Prevention. Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Caring for someone at home.
(こちらのCDCのサイトには、手話での説明もありました。さすがです……)




Commented by tabinekometal at 2020-04-06 07:18 x
コロナ関連の記事を渉猟していて、1週ほど前にこのブログに来ました。とにかく読後感が良く胸がすうっとします。全ての事象や言説に対して論理的に考え一次資料を確認する姿勢。学究の徒なら当然なのでしょうが、それを平易な文章でわかりやすく述べておられるのが嬉しい。日本には先生のような人はたくさんい居られるんでしょうが、メディアに登場する人たちはちょっと。。。 バックナンバー楽しみに読ませてもらいます。
Commented by MOGE at 2020-04-07 14:32 x
https://plantmedicines.org/plant-medicines-fight-wuhan-coronavirus/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30797011
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30347679
新型コロナウイルスのエンベロープを破壊出来ればウィルスの細胞への侵入が阻害出来てウィルスの複製が出来なくなります。海藻の紅藻のテングサ等に含まれるグリフィスシンがそれです。また昆布やメカブ等に含まれるフコイダンがウィルスの増殖を抑えサイトカインストームを起こさないようにして重症化を防ぐ効果があるようです。
恐いバクテリアが多いといわれる海の中で魚達は食物連載の中で病気を予防する成分を体中に取り入れて防御していた事が想像できます。
古代からも日本で神薬とされ食されてきた海藻類を活かさない理由はありません。先ずは病にかからない未病を念頭に置いて、医療従事者の方にはとりあえず寒天やところてんから食べて頂きグリフィスシンの体中濃度を上げて頂き、感染者の方にはフコイダンサプリや海藻類を食べて頂き病気を治すよう勧めて頂ければと思います。
Commented by みむ at 2020-04-11 13:51 x
大隅先生
S型、L型の区別が、感染がまだ世界的に拡大していない非常に早い段階で中国から発信されたため、一般の方にまでにその多型がより深刻な病状をもたらす理由であるとする情報が流布してしまってた様に思います。現段階で判断するとS型、L型は例えばヨーロッパでの悲惨な現状を説明しそうもありません。むしろ、他の多型(例えばS遺伝子)の方がより強い要因であるようにも見えたりします。(nextstrain.orgのサイトで直接ご確認いただけると思います。)引き続き大隅先生には、政治的判断とは距離をおいた正しい科学知識をひろめる活動を強力に行っていただきたいと強く願います。大隅先生の活動は非常時における科学者の行動の鏡と思います。
Commented by みむ at 2020-04-11 14:02 x
日本からのゲノム配列報告が極端に少ないことには私も非常な危機感を覚えています。とはいえ遠からず日本のウィルス専門家から多くのデータ報告が出てくるだろうと思います。ただここでも成果を巡る競争意識と秘密主義や、極端な選択と集中がもたらす「分野外研究へ手を出すことへのためらい」が大きな障害となっているだろうことは想像に難くなく、この危機的状況下で日本の医学生物学学術コミュニティーの弱点が露呈していると感じています。
Commented by みむ at 2020-04-12 19:46 x
先にコメントした突然変異に関して新しい論文が出ています。
Phylogenetic network analysis of SARS-CoV-2 genomes. Forster et al. PNAS first published April 8, 2020 https://doi.org/10.1073/pnas.2004999117
この論文では、以下2つのアミノ酸進化が、新型コロナウィルスグループ分類に重要と解析されています。
C28144T アミノ酸変化 L to S、 ORF8遺伝子
G26144T アミノ酸変化 G to V、 ORF3a遺伝子
しかしながら、先の投稿で言及した、nextstrainで可視化されている欧米の感染拡大に最も関係ありそうな下記変異についてはまだ言及されていないようです。
A23403G アミノ酸変化 D to G、S遺伝子

いずれにせよ、今後臨床データや実験データとの照合が進んでコロナウィルスのアミノ酸進化情報が明らかにされ、治療や感染防止に貢献することを祈るばかりです。
Commented by osumi1128 at 2020-04-13 22:52
> みむさん
情報をありがとうございます。
ウイルスの遺伝子型(もしくはいわゆる<株>)と重症化への関連についてのエビデンスが上がることを祈ります。
Commented by みむ at 2020-04-23 10:35 x
前回投稿のフォローアップです。

まだ報告がないと前回言いました下記変異について、論文が出ています。
A23403G アミノ酸変化 D to G、S遺伝子
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.04.07.030759v4.full.pdf
この論文中、サブタイプの塩基11番目(A/G)がこれに相当します。
ヨーロッパ・アメリカ型とされるタイプでのアミノ酸変異の主なものになります。ただし、この置換の期限自体は非常に古く、ヨーロッパで生じたのではなくおそらく武漢かそれ以前に遡ります。一気に増える現象がヨーロッパで起きたということになります。

ご報告まで
by osumi1128 | 2020-04-03 23:09 | 新型コロナウイルス | Comments(7)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
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