脳のフレームワークとニューロンの移動・その1

今日の河北新報の1面には、東北大学医学系研究科のK先生&O先生のところの論文がScienceに掲載されたという記事が載っている。
数日前には薬学研究科のK先生の論文がNature Immunologyに載ったらしい。
どちらもよく存じ上げている方なので、とてもめでたい。
詳しくは、リンクを張っている東北大学のHPへどうぞ。

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今日は珍しく自分のラボの研究を紹介しようと思う。

現在進行中のプロジェクトはいろいろな差し障りがあって、こういうブログに書くのは難しい。
論文になったものくらいが丁度良いのではないかと思った次第。
本日取り挙げるのは下記の論文。
Pax6-dependent boundary defines alignment of migrating olfactory cortex neurons via the repulsive activity of ephrin A5.
Nomura T, Holmberg J, Frisen J, Osumi N
Development. 2006 Apr;133(7):1335-45. Epub 2006 Mar 1.


脳はよくコンピュータに喩えられる。
確かに、高度な脳機能がニューロンという細胞の活動によって為されているのは、コンピュータの中で素子がON/OFFを繰り返しているように捉えることもできるだろう。
ただし、どのようにして脳が作られるかは、コンピュータの基盤にどのように素子を配置するのとは大分やり方が違う。

我々は脳の発生発達の分子的基盤を明らかにしたいと願っているので、実験材料としてはラットやマウスなどの齧歯類(げっしるい)を好んで用いる。
どちらもゲノムの解読が終わって、ヒトの染色体との対応もよく付いているからだ。
また、様々な遺伝子変異/改変動物も手に入りやすいという利点がある。

さて、ラットの脳の元となる「神経板」という構造が胚の背中側にできたとき、その細胞数はおよそ数百のオーダーであるが、20日の間に100万倍にも増える。
つまり、「脳が作られる」という過程は、最初から決まった大きさの基盤があって、そこに素子が配置されていくのではなく、徐々に細胞の数が増え、大きくなっていくのだ。

初期の脳構築の様相は脊椎動物の間で種を超えた保存性がある。
すなわち、ゼブラフィッシュでも、アフリカツメガエルでも、ニワトリでも、ラット。マウスでも、最初に、前脳、中脳、後脳という大雑把な区画ができ、さらにその区画の中に腹側1丁目、2丁目・・・という番地ができる。
こういった区画ができることを、専門用語では「領域化」と呼んだり「パターン形成」と呼ぶが、その分子基盤としては、最初に分泌因子のシグナルが働き、それによって転写制御因子の差次的な発現誘導が生じる。
対になった転写因子同士には相互抑制メカニズムが働き、お互いの発現が抑制されることにより、区画の境界がはっきりする。

我々の研究室で注目している因子の1つにPax6という名前の転写制御因子がある。
この遺伝子クローニングが為されたのは1991年に遡るが、名前の由来は、元々はショウジョウバエのpairedという遺伝子の相同遺伝子がファミリーになっているのでPaxなのだが、ちなみに英語でpaxとは「平和」を意味する。
実はこのPaxの6番目という名前の付いた因子は、最初「眼の形成のマスターコントロール因子」として注目されたが、他にも、下垂体、膵臓、そして中枢神経系で八面六臂の活躍をする。

さて、Pax6は最初前脳全体で発現しているが、前脳が終脳と間脳に分かれる頃には、終脳の背側、すなわち将来の大脳新皮質や海馬を含む領域で強く発現するようになる。
つまり、終脳がPax6の働くエリアと働いていないエリアに区画化されることになる。
Pax6の働きが失われたラットの終脳では、この境界形成に異常が生じることがすでに2000年頃には分かっていた。
また、区画の境界は、その後、ニューロンの移動の道筋となったり、ニューロンが特異的に配置される目印となるのだが、終脳の背中側に生まれて腹側に向かって移動するニューロンが、境界部に綺麗に並ぶことを、遺伝研の平田たつみ博士との共同研究により2000年に報告していた。
実際の実験はその2年前くらいには行っており、さらにPax6の働きが失われたラットの終脳では、背中側に生まれて腹側に向かって移動するニューロンが、あたかも境界を見失ったように、腹側領域(=将来の線条体)に侵入することを見いだしていた。

その頃、すなわち仙台で立ち上がって1年目になろうとするとき、ちょうど名古屋大学の藤沢肇先生のところで学位を取ったところの野村真さんが助手として加わることになり、2つのテーマを考えた。
一つはすでに2004年に論文となった嗅球形成に関するものであり、もう一つが上記の発見をいかに発展させるかであった。

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(以下、明日に続く)
すみません。
明朝、8時過ぎに外国人ゲスト親子のリクエストにより「豆腐の作り方をお豆腐屋さんで見せてもらう」ので、書き上げるのは断念してもう寝ます。
by osumi1128 | 2006-06-17 01:20

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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